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今夜の番組チェック
ねこばなし 1
賃貸から一戸建てに移った時、旦那が云った。
「猫を飼おう」と。
別に旦那が猫好きだったわけではない。結婚したての頃、故郷や友人と遠く離れた私が寂しがって「猫でもいればな……」と云ったのを気にしてくれていたのだ。だが、昔猫を飼っていた私は、きちんと飼う事の大変さを知っていて、旦那に
「ホントに大丈夫?」
と何度も念を押し、旦那は猫雑誌や猫の飼い方の本を買い込んで勉強を始めた。そして色々話し合った末、女の子を2匹もらおう、と決め、猫用のトイレ、キャリーバスケット、エサ入れ、爪とぎ、おもちゃ等々を買いそろえて、雑誌に載っていた、捨て猫の里親探しのボランティアをやっているというCさんに連絡をとってみた。
が、もらいに行くなら近い方がいい、と少し前の号に掲載されていた人を選んだ為、連絡をとった時点でいるのは成猫ばかりだと云われてしまった。
でも、やはり捨て犬や捨て猫の世話をしている知り合いに訊いてみますからと、あちこち連絡をとってくれ、仔猫を保護しているというDさんを紹介してくれた。
そして、電話で話したDさんの口からでた言葉は……
「今、仔猫は2匹しかいなくて、すごく可愛いけど、臆病で全然愛想のない女の子と、めちゃめちゃ人なつっこいけど変な顔の男の子とどっちがいいですか?」
なんという究極の選択!
ペットというものは愛想がいい方がいいに決まっている。だけど、昔飼っていた猫達は偶然我が家の一員になった子ばかりで、選んでもらった訳ではない。だからという事もないだろうが、なんとなく薄汚いようなキジ猫であったり、模様のバランスの悪いブチだったり『どうしてよその子はみんな可愛いのにうちの子達はこんなに見てくれが悪いんだろう?』とずっと不満に思っていた。
そして、『今度こそは可愛い子を飼うぞ』と密かに楽しみにしていたのだ。
本心を云えばどちらも断って他の子を探したかった。しかし、会話は2匹共断るという話を切り出しにくい雰囲気で進行していた。あちこち手を尽くして仔猫を探してくれた、Cさんにも悪い、と思ったし。
そんなこんなで、元々女の子が欲しかった事でもあり、その《臆病で愛想が悪い》女の子をもらう事になった。
世話をした猫が動物実験や虐待の対象になるのを防ぐため、新たな飼い主の生活環境を確かめてから引き渡すのが、Dさんのボランティアグループの決まりだとかで、車で引き取りに行く、という私の言は却下され、免許を持たないDさんが電車を乗り継いで我が家の最寄り駅にやって来た。何十匹もの犬や猫を新しい飼い主の元へと運んだであろうキャリーバスケットを抱えて。
そして、迎えに行った愛車の中で対面した仔猫は……
「かわいい!」
そう、確かに可愛かった。口で説明するとサバ二毛というどこにでもいる和猫なのだが、模様のバランスがいい。白いストッキングをはいたような4本の足、半分ピンクの鼻、長いしましまのかぎしっぽ。ちっちゃくて、ほっそりして、優美だ。私の膝の上にちょこんと座った彼女は風邪気味という事もあってか、大きな黒い瞳をうるうるさせていた。
軽率にもそれだけで『ああ、この子にしてよかった!』と思った私は旦那が運転する車の中でDさんに云った。
「名前は《みやび》にしようって決めてたんです」
車を降り、リードをつけたみやびを抱いて家に入る。と、
屋内に入った事で安心し、力のゆるんだ私の腕から飛び降りたみやびはラスベガスの舞台に立つイリュージョニストもかくやという早業でリードの胴輪を抜け、脱兎のごとく家の奥へと駆け込んだ。
納戸の奥の荷物の陰に隠れたみやびは、お茶菓子を食べ終わったDさんを駅まで送って帰ってきてもまったく姿を見せず、それどころか、強引に引っ張り出そうとすると、噛みつく引っ掻くの大暴れ。用意したドライフードが気に入らないのかと、開けた猫缶や猫用ミルクにも手を出さず、3日間ひたすら隠れ続けたのだった。
ごはんは三日目ぐらいから食べに出てくるようになったけど、それも見える所に人間がいない時で、みやびが隠れなくなるようになるまでには長い時間がかかった。徐々に心を開くようになったみやびだけど、この後、旦那がみやびを恐れるようになるある事件が……
みやびをもらい受ける為、最寄り駅まで迎えに行った車の中でDさんがおずおずときりだした。
「急にこんな事云い出すのも気が引けるんですけど……」
一体なんだろう?と、ちょっとドキドキ。
「うちにいる時この子とすごく仲が良くなった猫がいて、この子をバスケットに入れて連れて出ようとしたら、鳴いて鳴いて……。まるで、『友達を連れていかないで。いっしょに連れて行って』って云ってるみたいで、可哀想になって。オスの成猫なんですけど、よかったら、いっしょに貰ってもらえませんか?もう去勢も済んでますし……」
オスの……成猫? そんなん、困るわ。みやびだって仔猫っていうにはちょっと大きくなりすぎてるのに……。そら、可哀想やなぁ、とか思いながらも躊躇する私にDさんは
「これが写真です」
写っていたのは青い瞳、フサフサとした真っ白な毛並みのゴージャスな猫。私は長毛種でもチンチラとかペルシャのちょっとぺちゃっとした顔はあんまり好きじゃないんだけど、その猫は鼻筋の通った顔の周りをライオンのたてがみみたいな毛がとりまいているっていうか……。
薄桃色の耳との鼻といい、ゆったりとくつろいでいる様子といい、みやびは『かわいい』ってカンジだけど、その子は『綺麗!』だった。アメリカンカールとターキッシュバンのハーフで父猫も母猫も血統書付きだという。
「どうしよう?」
旦那にそうふったものの、私はもうその子が欲しくなっていた。で、結局、Dさんは後日その猫を連れてくる事に。
みやびの仲良し、というその子の名前を決める段になって、一悶着あった。初めから2匹飼うつもりだったので、旦那と私で1匹づつ命名、という事にしてあり、みやびは私がつけたから、当然もう1匹は旦那が名付ける訳だが……
「ハマチ」
旦那の言葉に私は耳を疑った。『ハマチ』そう、あの魚のハマチだ。だからといって旦那がハマチ好きな訳でなく、どちらかといえば寿司や刺身でも「脂っこい」といって敬遠しているのだが、本人にもよくわからない理由で言葉の響きが気に入っているらしい。背中に字を書いて当てるゲームや、七夕の短冊に書いたりしてしょっちゅう私に
「なに? それ?」を口にさせている。
「お願い、ハマチだけはやめて」
なんでやねん、と云いながら旦那が出した代案は『イッパイアッテナ』。
イッパイアッテナというのは『ルドルフとイッパイアッテナ』というお話に出てくる猫。ノラ猫の彼はあちこちにエサだけ貰いに行っている家があり、その親切な人達がそれぞれ『トラ』とか『デカ』とか『ボス』『タイガー』といろんな名前で呼ぶものだからルドルフに名前を訊かれた時
「俺の名前は、一杯あってな」
と答え、まだ小さかったルドルフが勘違いして『イッパイアッテナのおじさん』と呼ぶようになった。という、いわくのある名前。が、物語の中ではいい名前でも、人に
「きれいな猫ちゃんですねー。名前は?」
と訊かれて
「イッパイアッテナです」
って云うの? 恥ずかしいじゃない。第一、さっきの別名でわかるように物語のイッパイアッテナはでっかいトラ猫だ。
「やだー!」
と云う私に「だって、ハマチだけは、やめてっていうたやん」と旦那。
私の提案した名前はことごとく却下され、彼の名前は『イッパイアッテナ』に決定した。ああ、あんな綺麗な子なのに……
彼を動物病院に連れて行った時、受付で名前を告げると「え?」と3回聞き返され、最後には「書いてください」と云って紙と鉛筆を渡された。待合室にいる間に声をかけてきてくれた人にも何度も聞き直され、
「長いお名前ですねー。普段はなんて読んでいらっしゃるんですか?」
と云われて、『白いし、ちょうどいいからパイ(中国語で白)って呼ぼうよ』という提案すら『それやったら、イッパイアッテナが自分の名前を勘違いする』と云われて蹴られていた私は
「イッパイアッテナです」と答えるしかなく、
うわー、やめてー、だから嫌だって云ったのにー! と心の中で叫ぶほか仕方なかった。
現在、実家の母は彼を「アッテナ」と呼び、私は「いっぱいあってにゃ」にはじまって「いっぱい構ってェな」「いっぱい甘えたいにゃん」「いっぱい食べたいにゃん」「いっぱい掻いてェな」……と、それこそ、名前がイッパイアッテナにしてしまっている。ちなみに旦那と彼の話をしていて、自分を呼ばれたと勘違いした彼に寄ってこられたくない時は「白いの」と云う。
みやびとイッパイアッテナが我が家にやって来て約1ヶ月、そろそろうちにも慣れてくれたかな? という事で2匹の洗濯を敢行[する事となった。
昔飼っていた猫達は皆風呂嫌いで最後には洗う事をあきらめてしまったので、今度は仔猫の時から慣れておいてもらうぞ、と思っていたのだ。が、イッパイアッテナは成猫、みやびも多分生後5ヶ月ぐらいに見えたので、相当の抵抗があるものと覚悟していた。
「こんなちっちゃいのに何ができるゆうねん?」
とバカにする旦那に無理矢理厚手の炊事用手袋をつけさせ、
「ホンマやったら、こっちもつけといて欲しいねんけどなー」
と云って、私は薄い木綿の手袋の上から炊事用手袋をつける。やっぱり、警戒して捕まえられんようになるかもしれへんから、まずはみやびやな、とみやびを抱き上げ、シャワー開始。
結構おとなしいやん、これやったら楽勝かも、なんて考え始めた、その時。
みやびが暴れ始めた。
おとなしい、と見えたのは、初めて膝に乗せた時同様、恐怖のあまり腰が抜け、動けなくなっていただけらしい。我に返ったみやびの抵抗はそれは凄まじいもので、油断していた私と旦那の手をすり抜け、風呂場中を走り回った。
毛が濡れているので逆立てる事は出来ないが、目をカッと見開いてフーッ! と唸りをあげている。
「こりゃあかんわ。落ち着くまで、まと」という私に
「ケダモノなんかになめられてたまるか」とムキになる旦那。
「えーっ! でも私嫌やでー」と云うと
「ええよ、俺一人でやる」
と云って、追いかけ回して、みやびをつかみ、シャンプーをかけた。
「うわっ!!」
叫び声と共にみやびを放し、右手で左手を押さえる旦那。苦痛に顔を歪めている。ほら、いわんこっちゃない。と思いつつ、手当しようと手袋をはずさせると……
肉が露出していた。
みやびはゴム手袋ごと、旦那の手の皮を食いちぎったのだ。
まあ、皮だけで、肉の方は無事だったけど。それにしても、痛そうだったので、旦那の手当をすませ、みやびをどうしようか? と風呂場に戻った。
私がやめようと云った時点でやめていれば、放っておいてもよかったのだが、シャンプーをかけてしまっている。なんとかして洗い流さないと。
当のみやびは洗濯機の下に潜り込んでしまっていた。我が家では洗濯機を台の上にのせているので下側になんとか通れるだけの隙間がある。手を入れようとすると即座に爪が飛んでくるので、洗濯機の方を移動させる事にした。一人では持ち上げられないので底が横向きになるように倒す。
が、みやびが見当たらない。
どこに行った? と捜すと洗濯機の中。洗濯機をひっくり返して下から見た事のある人にはわかってもらえるだろう。音を小さくする為に底がついている機種もあるらしいが、我が家のは洗濯槽とかモーターとか配線、ホースなんかが丸見えで、その隙間にみやびが入ってしまっていた。しかも、ますます興奮している。
旦那の手を見ているのであまり無謀な事もできず、かといってシャンプーがついたまま放っておくのも、と私がとった手段は……
洗濯機の裏に潜んだままのみやびにシャワーをかける、だった。洗濯機壊れるかも? という不安はあったが。
ホースの長さが足りないうえ、洗濯機の裏側が結構でこぼこしているのでかなり不完全だったが、しょうがない。
体を拭いてやる事も、ドライヤーで乾かしてやる事もできず、濡れ鼠のまま洗濯機の裏にたてこもっていたみやびは一体どんな気持ちだったのだろう?
もちろん、少しばかり和み始めていたみやびとの関係が一歩後退したのは云うまでもない。
そして、この事件の後、旦那は随分長い間みやびに触れる事が出来なかった。
みやびとイッパイアッテナがうちへきてちょうど1ヶ月。2匹を健康診断に連れて行くことになった。
本来うちに来た時に連れて行くべきだったのだが、前にお伝えした通り、みやびのあの様子では二の足どころか、三の足、いや、四の足ぐらい踏んでしまって、のびのびになっていたのだ。
イッパイアッテナは前の飼い主さんがワクチン接種をしてくれていたが、みやびはまだだったので、それもお願いしなければならない。嫌がる2匹をキャリーバスケットにつめ、動物病院へ。
暴れたらどうしよう? という不安とは裏腹にみやびを診察台にのせると、ひどくおとなしい。やはり、腰が抜けて動けないのだ。ある程度状況に慣れるまでが勝負。診察が終わるまで腰砕けでいて。
が、みやびの口に指を入れて中をのぞき込んでいた先生の科白が私を愕然[とさせた。
「この子はもう大人になってますね。全部永久歯にはえ替わってますよ」
ええっ!
だって、うちに来た時ひろげた私の両掌にのるくらい小さかったんだよ。1番小さい首輪を随分縮めないといけなかったし。ひろった人もすっかり仔猫だと信じてて……。
さっき体重量ったら2.3キロしかなくって、それでもうちへ来てからの1ヶ月で首輪の穴を2つもずらさないといけないくらい大きくなったんだよ。それに、それにうちに来る前に1ヶ月くらいよそで飼われてて、そこで歯が抜け替わった様子がないって事は……。
みやびって、もう生後8ヶ月はたってる成猫だったの?!
うひゃー!
みやびが拾われた時、アスファルトの道路にこびりついていたチューインガムを舐めていて、ひどく臆病でなかなかつかまらなかったけど、たまたま拾い主さんが持っていたかっぱえびせんにつられて捕まったっていうけど……。
栄養失調で大きくなれなかっただけ?
なんて可哀想なみやび。よく頑張って生き抜いてたね。どんな眼にあってこんな人間不信になったんだろう?
と、様々な思いが駆け巡り、しかし、もう大人になってるって事は性格が出来上がってしまっているという事で、みやびと仲良くなるのがますます困難に……。うーん。
とか、云っている間に風邪気味と云われて引き渡されていたみやびが猫ウィルス性鼻気管炎という病気だとわかった。もう治りかけているようにみえるけど、これはきちんと治療しないと慢性の鼻炎とかになるという事で、ワクチンはうってもらえず、目薬と飲み薬を渡された。
うぇーん、またみやびに嫌われる事をしなくちゃいけない。前途多難。
イッパイアッテナは「うな」と鳴く。あと「うる」とか「うにゃ」「うるる」。
体重4.8キロもあるオス猫のクセに「うピー」とか、「うるピュッ」と聞こえるくらい細くて高い声で鳴いたり。まずマトモに「にゃーん」と鳴く事がない。
常々へんな鳴き方をするやつだと思っていたら、野中のばらさんという人が描いたマンガにやはり「うな」と鳴く猫がでてきた。頭に「う」をつけて鳴く猫は彼だけではないらしい。
イッパイアッテナはとにかく、よく鳴く。「お腹すいたー」「喉乾いたー」「遊んでー」「体掻いてー」「他のおもちゃ出してー」とうるさい事このうえない。
人間でいえば中年のおじさんのクセに白い毛並みと青い瞳を武器に薄幸の美少女のようなかぼそい声で要求を聞き入れられるまで鳴き続ける。でも、時々すごく太い声で唸るように鳴く事もあって、それはまるで「コラ! なんで云う事きいてくれへんねん、ワレ」と云われているように聞こえる。
窓の外によその猫が来ている時など、犬が唸っているのかと思う程低い声で「うーっ!」と云っている事もある。
そして、彼はよく溜め息をつく。
お腹を上にして口を開け、お間抜けな顔で寝ている彼からは想像もつかない憂いを秘めた溜め息である。
あと、彼が発する音といえば「ピチャピチャ」と舌を鳴らす音。これはお腹がすいている時によくやる。
「くしゅん」というくしゃみ。
おなじみのゴロゴロいう喉音。私が外から帰った時などは顔を見ただけでゴロゴロいっている。これがまた非常に大きな音なので隣でみやびがゴロゴロいっていてもまったく聞こえなくなる。
更に彼のたてる最大の音は「ドタッ!」である。
彼はかまってもらいたい時にところかまわず、俗に云う降参のポーズ(お腹を上にしてゴロンゴロンするアレ)をやる。もう少し、そうっと寝ころべばよさそうなものなのだが、いきなり横倒しになるのでフローリングの床では「ドタッ!」といういかにも痛そうな音になり、時たま、壁際でそれをやって頭を壁にぶつけ、「ゴンッ!」という音が響く事もある。
それでもかまってもらえないと家中ついて回ってあっちでドタッ! こっちでドサッ! とやるもので最終的にはこっちが折れる事が多い。
私が靴を脱いで玄関をあがるなり、寝室に走っていってベッドの上で仰向けになって「掻けー!」と要求する事も多いけど。
最近のみやびのお気に入りの場所は洗面所だ。
寝ていたり、窓辺で外を眺めたりしている時間の次にバスマットの上に座っている事が多い。が、そこで彼女が何をしているのかは謎である。
いや、している事自体は明白だ。洗面台(下が収納になっているタイプ)と洗濯機の間の隙間をじーっと見ている。
では何が謎なのかというと彼女が見つめているのが何かという事だ。
初めの頃はイッパイアッテナもいっしょに並んで隙間を見つめていたので、虫でもいるんだろうと思っていたが、イッパイアッテナが飽きてしまっても、みやびはひたすら隙間を見つめている。
見たところ、洗濯機の電源コードしかないこの空間の一体何に彼女はそれ程ひかれているのだろう?
私の眼につかないような小さな虫の死骸でもあるのかと、隙間掃除用の道具を突っ込んでみたが、出てきたのは少しばかりの埃だけ。
ドリトル先生でも身近にいればみやびに理由を尋ねてもらえるのだが、ソロモン王の指輪もなく、うちの旦那の証言(みやびの預金通帳を参照)にも関わらず、みやびが人間の言葉を話すのを聞いた事もない私には謎を解く術がない。
そんな訳で今日も隙間を見つめるみやびのおしりを眺めながら、解けない疑問に頭を悩ましている私だった。
猫は食べ物の好き嫌いが激しい動物だといわれる。
幼い頃に食べた物によって嗜好が固定化するそうだ。だから、人間の食べ物で育った猫にペットフードを食べさせるのは難しいし、猫缶からドライフードへ切り替えるとか、同じドライフードでもメーカーをかえるとかすると一週間でも絶食して好みのエサが出てくるのを待つ猫もいるらしい。
そうかと思えばしばらく同じエサばかり与えていると飽きて食べなくなるので、時折フードの種類(チキン味とかマグロ味とか)をかえなければいけない猫もいたりするし。
まあ、知り合いの犬で一度高価なドッグフードを与えたところ、それまで食べていた安物を口にしなくなり、困った飼い主が高い方と安物をミックスして出したら、一旦口に入れてから安物の粒だけペッペと吐き出した、という強者がいたから、猫だけに限った話ではないかもしれない。
昔飼っていたマーシーという猫は人間の食べる物が好きで、私が何か食べていると横にちょこんと座ってじっと食べ物を見つめ、「頂戴!」という無言の圧力をかけてきたものだ。
実際、彼女は食卓から取って与えた物はなんでも食べた。きゅうりやトマト、母がスプーンですくって差し出したビールでさえも。そのくせ、猫用のエサはあまり好きでなく、煮干しも器用に頭と尻尾を残して食べていた。
そのマーシーとはうって変わってイッパイアッテナはドライフードならなんでも食べる。前にイッパイアッテナの尿にストルバイトという結石が混じっていた時、獣医さんから
「マズイから食べないかもしれない。その時はいつものエサに混ぜてでもいいから食べさせてください」
と云われて受け取った療法食もパクパク食べた。
一応、健康体だったみやびのエサと分けて与えたのだが、
「あ、イッパイアッテナだけいい物を貰ってる」と勘違いしたのだろうか?
食いしん坊のイッパイアッテナが体格にものをいわせてみやびのエサを横取りする事ばかり警戒していた私の目の前でみやびが療法食に手を出した。(手はないか。口をつけた、が妥当かな?)
一口食べてやめるかと思ったらおいしそうに食べている。
あんたらの味覚はどうなってるねん?
イッパイアッテナが普通食を食べるのはよくないけど、みやびが療法食を食べて悪い事はない。でも、高いんだよね、療法食って。
そんな訳でイッパイアッテナが獣医さんから「普通食に戻していい」というお墨付きをもらうまで、2匹のエサにとても気を遣った私だった。
ま、こっちの都合でエサをかえようが、同じフードがずーっと続こうがおいしそうに食べてくれるってのはありがたい話だけど。
みやびはとってもとっても臆病な猫だ。
野良猫として保護された時は拾い主さんの家の流しの下にたてこもって1週間も出てこなかったというし、我が家へやって来た時も、3日間ごはんも食べずに隠れていた。
そんな彼女も少しずつだがうちとけてくれ、紐の先に羽根がついたねこじゃらしでなら(棒の先にフワフワがついたヤツは人間が近すぎて怖いらしい)、遊んでくれるようになった頃。
「痛っ!」
みやびに爪をたてられた私は手の甲に走った線を見て後悔した。タイミングを読み間違った。
猫じゃらしで遊ぶのも怖がる程、人間に近寄らないみやびだったが『布団の中から出たり引っ込んだりする人間の手』というものに特別な魅力を感じるらしい。ねこじゃらしでも、靴下をはいた足でもダメ。生の手。
掛け布団にもぐり込んで手だけを出し入れしていると、アラ不思議(?)あれほど怖がりのみやびちゃんがうれしそうに走り寄ってくるではありませんか。
もちろん彼女の目的は手に猫パンチを見舞う事。
普通は爪は収納されているので、ドジってパンチをくらっても大した事はないけれど、エキサイトしてくると爪が出ている事がある。
で、私の美しい手(ホントだよ。みんな誉めてくれるもん。結婚指輪3号だし)にみみず腫[れだの何だのをこしらえる事になるのだけれど、これがみやびとの数少ないコミニュケーションの手段だと思うと……
ま、そのような苦労の甲斐あって今は結構仲良くやっております。
でも、いまだに膝にはのってくれないのー。つれないやっちゃ。
「しまった!」
その時のみやびはどう見てもそういう吹き出しをつけたくなるような様子だった。
前足は逃げ出したくてうずうずといった片足を宙に浮かせた状態。顔はいかにもビクビクものでこっちを睨んでいる。が、下半身がくだけていた。
ああっ、油断した。触られた。早く逃げなきゃ。人間に触られるなんて耐え難い恐怖……のはずなのだが、なんでこんなに気持ちいいのか? 前足は逃げよう、逃げようとしているのにお腹が勝手に上をむいていく……。
ああっ! もっと掻いて。もっと!
ついには人間の指の動きの気持ちよさに
「あ、もうちょっとこっち。次こっち」
とぐりんぐりん身体を回してしまう。
「ううーん、いいなぁ……ハッ!」
ってな感じで突然我に返ったみやびが飛び起きると脱兎[のごとく逃げてゆく。
という状態が随分長い事続いておりました。
今では「掻いてー」といって寄ってくるようになりましたが、それでも30センチぐらい離れた所に座って、怖そうにこっちを見てるんですよ。急に触るとビクッとして逃げていくし。
そのクセ一度掻き出すとお腹だして「もっとー、もっとー」だもんね。人がご飯食べてようが、パソコン使ってようがお構いなし。自分が掻いて欲しい時だけで、「掻いてやるからこっち来い」って云っても来ないし。
って、云いながらも「おじょうさん」とか「みやびさん」とか呼んでイッパイアッテナ以上に気を遣っている私だった。
「ほら、イッパイアッテナ、取ってこい」
小さなネズミのおもちゃを投げると、我が家のでっかい白猫がダッシュ!
フローリングの床で足を滑らせ、時にはズデッっとすっころびながらも獲物をゲット。うれしそうにくわえてトットットと小走りで寄ってくる。イッパイアッテナが
「前世は犬だったに違いない」
と云われる理由のひとつがこれ。人間べったり、みやびべったりで孤独を愛すると云われる猫にあるまじき集団生活向きの性格のせいもあるけれど。
さて、ネズミを取った後のイッパイアッテナの行動パターンは4つ。
一番多いのはカーテンの傍にネズミを置き、
「ほら、取ってきたよ」
という風に前足でチョンチョンとネズミをつついて、もっと遊びたい事をアピール。私がネズミを手に取ると、カーテンの陰に隠れてネズミが投げられるのを待つ。ポンと高く投げ上げると見事なジャンプで空中キャッチ(口にくわえる)する事もある。
その2
私の傍までネズミを持ってきて目の前に置き、「ほめて」というように膝にのる。もちろん、こういう時は頭を掻きまくってやる。
その3
もの凄い勢いで駆け戻り、私の脇をすり抜けて寝室に飛び込み、布団の上でネズミをもてあそんで暴れまくる。(爪がひっかかってシーツが破れたりするのでやめて欲しい)
その4
くわえたネズミをエサの所まで持っていき、エサの器に入れてから、おもむろにエサを食べ始める。多分、自分で獲ったものを食べているつもりなんだろう。
ま、なんにせよ、イッパイアッテナがこの遊びをしてくれている間は遊んでやる私が楽でよかったのだが、最近、ネズミに飽きたのか、滅多に取ってこなくなった。
「遊んでー」
と云ってネズミをしまってある引き出しを前足でトントンするクセに、出してやると遊ばない。それでも、初めの頃は新しいネズミに換えたら遊んだりしたんだけどなー。
先日、みやびが膝にのってきた。
いや、正確には電気膝掛けに、なのだろうが、膝にのった事にかわりはない。え? あれは膝にのったんじゃなくて、寄りかかってたんだって?
うーん、膝の真ん中にはイッパイアッテナがのっかってたからなぁ。でも、太股にピタッとくっついて頭を膝にのせてたよ。私がパソコン使ってたから、それなりに動いてたのに。
彼女としては凄い進歩だ。単に寒さに耐えかねただけ、って見方もできるけどさ。
去年だって、凄く寒いのに暖房いれずに毛布を身体に巻き付けてテレビ観てた時に、一回だけ膝の毛布の上にのっかった事があったし……。リモコンとろうと腕をのばしただけで飛び上がって逃げちゃったけど。
臆病者のみやびちゃん。
寝てる時に掛け布団越しに身体の上にのるのは平気になってるんだけど、直はダメなんだよね。たまーに寝てる時に頭を布団につっこんでみたりもするけれど、私の身動きひとつでダッシュして逃げる。
イッパイアッテナなんか布団に入れろって頭づきかましてくるのにさ。
寒いからでもなんでもいい。今年こそは……と、毎年冬が来るたびに、みやびが自主的に膝にのってくれる事を祈る風日だった。
このページのイラストはすべて霜月楓さんから頂きました