| Episode133 リスボンの駅 |
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リスボン(現地の人はリシュボアという)には4つのターミナル駅がある。
ポルトガル南部のアルガルヴェ地方から列車に乗った風日はまずバレイロ駅に着いた。そこからフェリーに乗り換えてテージョ川を渡り、テレイロ・ド・パソという埠頭から中心部入り。
ぐるりを石の壁で取り巻かれたようなヨーロッパの古い街では大抵鉄道の駅は郊外にあって、その間をバスや地下鉄、路面電車などで結んでいるんだけど、不動産広告に「駅から歩いて何分」なんて事が書いてあるのが当たり前の環境で育った人間にはかなり不便に思える。
テレイロ・ド・パソを出て東へ(多分)700mくらい進むとテージョ川沿いから南の海岸線に沿ってポルトガル東部へ向かう列車が発着するカイス・ド・ソドレ駅。
川沿いに北西の方へ進むとパリ・マドリッドからの国際列車やポルトガル北部からの国内列車が発着するサンタ・アポローニア駅がある。
リスボンにはあとひとつ、内陸を東に向かう列車の発着するロシオ(公共の広場という意味らしい)っていう駅があるんだけど……
驚いたのはこのロシオ駅を起点とした鉄道が土日運休だった事。週休二日の国鉄線って聞いた事ある?
風日が持っていたガイドブックにはそんな事一言も書いてなかったので、土曜日にロシオ線を使ってシントラって所へ遊びに行こうとした風日は駅に着いてからお休みの掲示を見てすごくショックだった。
| Episode135 海のはじまるところ |
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バイロンが「エデンの園」と讃えた山間の街シントラからバスで40分程西へ行くと、ヨーロッパ最西端であるロカ岬に着く。
ヨーロッパの西のはずれの海をバックに記念撮影だ、と意気込んでいたら、あれれ……
バスに乗っている間に白い霧がたちこめ始め、目的地に着いた頃にはあたりは真っ白。視界はせいぜい20mかそこらで岬の向こうにひろがっている海などまったく見えない。
うぎゃーっ、これじゃあ襟裳岬の再演だ!
そう、風日が北海道旅行で襟裳岬に立ち寄った時も、深い霧が周囲をおおい、霧笛の振動を肌で感じつつ襟裳岬と書かれた看板の前で記念撮影をしたのだけれど、看板の後ろにひろがっているはずの青い海はかけらも写っていず、ただ白いシーツをひろげたような背景の前でたたずんだ写真になってしまったのだ。
か、哀しい。
でも仕方がないからポルトガルの詩人カモンエスが詠んだ詩の一節を刻んだ石碑の前で写真を撮る。
ガイドブックによって「ここに地果て 海始まる」とか色々違った訳が書いてあるけれど、風日は
「地の果て 海のはじまるところ」っていうのが一番気に入っている。
荷物になるし、お金もかかるから最初はそういうものを買うつもりはなかったんだけど、あたりの景色が見られなかったのがくやしかったので、風景写真入りの「最西端到達証明書」なるものを買った。羽ペンを使って古式ゆかしい書体で名前と日付を書き込み、青と黄色のツートンカラーのリボンの上部に赤い封蝋[ を落とし、刻印を押してくれる。
ま、記念にはなる。
岬には土産物屋兼レストランが1軒とツーリストインフォメーション、そして例の石碑しかなく、6月というのに寒かったので早々に退散した風日だった。
| Episode142 折り紙 |
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ヨーロッパを旅行していた時、折り紙でツルや奴[ さんを作ってあげると結構喜ばれた。
だから駅の待合室で暇を持て余していたりすると持参した折り紙をつかってせっせと作って、その時知り合った人達にくばったりして。
スペインのフィゲラスという町に小さなおもちゃ博物館があった。
その日、ホントはダリ美術館に行きたかったんだけど、小学校か中学校の遠足と重なってたらしいのと朝からの雨で他へ行く予定だった旅行者が集まってしまったようで入り口前に行列ができてた。
日本から持って行っていた折り畳み傘がどこだったかで壊れて、ビニールレインコートも破れて使いものにならず、行列に加われなかった私とかみつくは1時間ほど行列の見える軒下で様子をみていたんだけど、こりゃダメだ、とあきらめて入るつもりのなかったそのちゃちな博物館で雨宿りする事にした。
中に折り紙の展示があってその前に「自分で作ってみよう」と書いた掲示と数枚の紙。大した展示品もなく、雨もあがらなかったのでいつものように暇つぶし。
とその様子を見ていた学芸員さんがやって来て
「今作ったものをこの博物館に展示させて欲しい」と云う。
断る理由もないのでOKした。
だから、フィゲラスのおもちゃ博物館にはひょっとするとまだ私とかみつくが折ったツルと奴さんとカブトが展示されているかもしれない。
| Episode145 ウエルバ〜アヤモンテ |
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「あーっ、ちょっと、これってもしかして廃線になってるんじゃない?!」
1991年5月27日。スペイン南西部。ウエルバという小さな駅で掲示されている路線図と時刻表を見ながら叫ぶ。
「みたいだねェ……」 と相棒。
今朝、私と彼女はセビリヤ(現地の発音ではセビージャ)の町を後にし、列車に乗ってここへやって来た……のだけれど時刻表を日本に忘れてきたせいもあって行き当たりばったりの道行きである。で、行ってみりゃわかるさ、式で途中まで来たもののその先の路線が廃線になっているのを知ったのだ。
「うーん、困った……」
「多分、バスがあるんだろうけど……」
「ガイドブックにもウエルバの地図なんか載ってないし、アヤモンテ行きのバス停ってどっちにあるんだろう?」
「でなきゃ、ツーリストインフォメーション」
もちろん、ウエルバの駅にも国鉄の案内所はあった。ただし、無人。それにスペインでは一般の人はほとんど英語を話さない。ツーリストインフォメーションでさえ通じなかった街もあったぐらいだ。そんな訳で通行人をつかまえて道をきくというのは《六か国語会話》を頼りに方向を指差してもらい、曲がり角ごとに同じ質問を繰り返すという方法以外では使えない。
駅に掲示してある町の略図を見ながらあーだこーだ言っているうちに時間はどんどん過ぎていく。その略図にはバス停や案内所の表示はない。
で、まァ、町の大体の雰囲気からあたりをつけてそれらしい方向へ歩き始める。
今日のバスがもう出た後だったりしたらどうしよう? それでここには空いている宿がなかったりとか。なんとか今日中にアヤモンテまで行けたとして、ポルトガルに渡る船がなかったら?アヤモンテで宿が見つかるかな? 無事ポルトガルに着けたとして、遅くなっててその先へ進めなかったり、第一ポルトガルのお金なんてまるっきり持っていないのに銀行が閉まっちゃってたりとか……。
こういう時にきまって頭の中をグルグル回る不安な考え。今までだってなんとかなってきたんだもの、今度だってきっとなんとかなるよ。とは思うものの、やっぱり心配になってくる。と、
「あれだー!」
目前の建物にi(案内所)のマーク。
我々は足早にそのドアをくぐり、アヤモンテへの行き方を尋ねる。バス停はそこからそう遠くはないとの事。でも次のバスの発車時刻まで……。
「うへェ。十分しかないっ」
「走れっ」
二人してリュックを担いでえっさかえっさか走っていく。私の荷物って誰が見てもびっくりするぐらい小さいんだけど、小柄で力のない私にはそれでも重い。でも、今回はもう食料担いで歩くのはイヤッ、とセビリヤですべての食べ物をお腹の中に片づけてしまっていたので、ミネラルウォーターやパン、果物なんかの袋がない。何しろ新しい国へ移動する時には残った小銭を全部食料に代えて持ち歩くので国境越えは大抵スーパーの袋に詰め込んだ食料をぶらさげて、という事になる。が、今回は一旦ポルトガルに入った後、もう一度スペインに舞い戻る予定だったので無理にお金を使ってしまう必要がなかった。
着いた所は大変な人込み。バス停ではなく車庫兼ターミナル。何台かのバスがやっと収まっている車庫の隙間に人間がぎっしり。出ていくバス、入ってくるバス。どちらも日本じゃあ絶対許されないだろうという荒っぽい運転。そして、そんな事には無頓着に、動いているバスのすぐ傍を通って乗り降りする人々。
車庫のはしっこに切符を売る窓口。これもまた人の海の向こう。
やっとのこと切符を買い、目当てのバスに乗り込んだ。バックパッカーも結構多い。アメリカ人らしい女の子が切符を見せながら
「オラ(こんにちは)」
と運転手に声をかけて
「スペイン語がお上手ですね」
となまりの強い英語を返された。英語のわかる乗客達の笑いがはじける。運転手の誇らしげな顔は『どうだい、俺は英語が話せるんだぞ』と語っている。
予定より少し遅れて発車。スペインでは珍しい事ではない。列車だって30分や40分平気で遅れる。
ほどなくサスペンションの悪いおんぼろバスは町を抜け、細い田舎道を西へ向かって走る。窓外の風景は退屈そのもの。干からびた大地とみすぼらしい畑。でも、都会じゃあ、ちょっとお目にかかれない広い広い空。地元の人達は何もない畑のド真ん中やちょっとした建物のある場所で次々と降りていく。
| Episode146 アヤモンテ〜ファーロ |
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お腹の虫がいい加減泣き疲れてきた頃、アヤモンテに到着。ここは国境の町。
「ねェ、お昼にしようよ」
と私。バス停の前に二、三軒の食堂があったのだ。リーズナブルな定食の書かれた掲示板も見える。でも、今回は珍しくかみつくが首をふった。先に乗船場所を確認しておこうという。そりゃ、まァ、その方がいいとは思うけど、この先に我々向きの食堂があるとは限らないし……。
口の中でモゴモゴ言っている間に店の前を通り過ぎてしまった。同じバスに乗っていた人達は殆ど周辺の店に散ってしまっていて道がよくわからない。とりあえず、まっすぐ西に進むだけ。いつものように『道間違えたんじゃないの?』と思いかけた時、船着き場が見えた。
ゆったりと海に注ぎこもうとするグアディアナ川。対岸に見える町、サント・アントニオはもうポルトガルだ。
国境、といってもものものしい警備など何もない。木製の簡単な桟橋の上にキオスクみたいな小屋が二つあって片方が切符売場、もう一方が出入国管理。屋根のない平底の渡し船がもやってあって、乗客の他に車も二、三台載っている。
「乗っちゃう?」
「うーん、でも向こう岸ってなんにもなさそうだよ」
お互い、あまりいいとは言いがたい眼を一生懸命こらしてみても、向こう岸の船着き場周辺には小さな建物が幾つか見えるだけ。そのうちの一つは明らかに駅舎だし。
「そーだね。あっち行ってみて食べる所がなかったらちょっとヒサン」
で、この船、乗客の頭数がそろう都度頻繁[ に出ているようだったので、少しばかり引き返す。バスを降りた場所で見た店以外、食べ物屋を見かけなかったので、来た時とは別の道を通ってみた。だけど適当な店が見つからない。地元の人達はお昼寝の時間。町は夕日に染まる頃まで静寂に包まれる。
やっと、国境越えの観光客達が何人かたむろしている店を見つけた。でもちょっと高そう。もう少し歩く。
結局、
「サンドイッチでいいか?」
「うん」
という事になって軽食酒場のテーブルに着く。カフェ・コン・レッチェ(早い話がコーヒー牛乳)とスペイン風のホット・サンド。 たいしておいしくもまずくもないかなァ、なんて思いながらモグモグやっているうちに突然耳に飛び込んできた音にハッとして外を見る。
雨っ!!
それも半端じゃなくてバケツをひっくり返したような。
うわぁ、やめてー!
かみつくは鈴鹿サーキットのコース図入りの派手なオレンジの雨合羽しか持っていないし、私の傘は旅行中に壊れてから新調していないのよっ。ポケットレインコートだって破れちゃったし。
どーしよう、どーしよう、どーしようっ?! と、思っている間にやんだ。ほっ。
二人分で600 ペセタの昼食代を払って再び桟橋へ向かう。
パラパラっとパスポートを見せて出国審査完了。片道75ペセタの乗船券を買って船に乗り込んだ。
潮の香を含んだ風がやさしく髪を梳く。手すりに寄りかかって見る景色はとろりとした午後にまどろみ、河の部分と海のはじまる所で水の色がかわっているのがおもしろい。
旧式なエンジンの響きが河面を渡り、旅情にひたる暇もなく接岸。アヤモンテにあったのとたいして変わらない桟橋にひょいと飛び降りた。
出入国管理はキオスク風ではなく、ガランとした倉庫みたいな所にカウンターがあるだけとはいえ、一応ちゃんとした建物。係官は二人だけだったけど一人は肩にマシンガンをさげていたし、書き込まなきゃいけない書類もあった。それに、入国スタンプだってちゃんと押してくれたし。
入国管理を出てすぐ向かいがツーリストインフォメーション。右手が国鉄の駅。両替の看板も見える。ラッキー!
次の列車の発車時刻を調べてから私はインフォメーションへ、かみつくは両替に。
いくつか英語のパンフレットを貰って駅のベンチに座っていた私の所へかみつくが駆け込んで来た。え、何?
「お金頂戴。両替所にポルトガルの小銭がたりないからトラベラーズチェックの分に70ペセタ足してきっちり1万エスクードにして渡してくれるって」
あ、そ。持ってたからよかったけど、もしなければ70ペセタ分損してたんだろうか?
売店でミネラルウォーターを買って列車に乗り込んだ。発車してから気付く。
「漏れてるーっ」
「ちょっと、このボトル穴あいてるよ!」
そう、1.5 リットル入りのプラスティックのボトルに小さな亀裂[ が走っていた。
「そういえば、あのおばちゃん棚からおろす時にゴンッってぶつけてたような……」
今頃気付いても遅い。とりあえずセロハンテープだのバンドエイドだの貼ってみたのだけれど糠[ に釘。かみつくは亀裂の下のラインまで飲んじゃおう、と蓋を開けてゴクゴク飲み始めた。でもねェ、結構下の方だよ、その亀裂。私も少し飲んだけれど追いつかない。仕方がないので亀裂が上にくるように亀裂が上にくるようにボトル
| Episode147 ファーロ〜ラーゴス |
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夕暮れが近づき始めた頃、ファーロ着。本当はこの先のラーゴスまで行きたいんだけどそこまで行ってると宿を探す前に暗くなってしまう。女の子の二人旅だもん、安全第一。お仲間のバックパッカー達もほとんどがここで降りる。
一応きいてはみたけれど、やっぱり駅の案内所では宿の事はわからない。町中まで行ってみるしかないか、と駅舎を出たとたん、おばちゃんに出会った。
四十代後半ぐらいの女性で名前をきき忘れたので失礼とは思いつつおばちゃんと呼ばせてもらう。
中学生レベルを自認する私の英語よりもっとあやしげな英語でここに泊まるつもりなのかときいてきた。そうだと答えると、ファーロはつまらない所だ、と言う。ここにはなんにもないよ、と。
なんだろう?このおばちゃん、と思っていると
「ラーゴスへいらっしゃい」
と言う。ラーゴスは素敵な所だ。ファーロなんかとは比べ物にならない。
まァね、なんとなくそう思ったから私達もラーゴスまで行きたかったんだけど。
「ラーゴスに短期貸しのアパートを持っているの」
「はァ……」
「キッチンもバスもテレビもあるわ。部屋だって広いし。私、これからラーゴスへ帰るところなの。駅まで姉が車で迎えに来るからいっしょにアパートへ行けばいいじゃない。二人で1泊3千エスクードでどう?」
なるほど、そーいう事か。
交渉の末、二人で1泊2千5百エスクードで話がまとまった。
おばちゃんは気を使って列車の中で色々話をしてくれる。だけど、語彙の少ない者同士の会話ってつらいものがあったりして。
おまけにギリシャ語やスペイン語と同じようにポルトガル語も基本的にはローマ字読みとたいして変わらないから、英語も同じように読む人が結構多い。トウリストって言うから何かと思えばツーリストだったり、ソンがサン(息子)だったり……。ちょっとしたパズル。
ジプシーの話がでたのでなんとなく
「ジプシーってヒターノって言うの?」
ってきいたらおばちゃんびっくりしたような表情で
「スィン、スィン(そう、そう)」
って頷いて、
「ポルトガル語が話せるの?」
ってきかれた。で、親指と人指し指で物をつまむような形をつくって、1ミリ程隙間をあけてみせる。ほんのすこぅしだけ、ね。でもこれは知ってたんじゃあなくてスペイン語がそうなのでひょっとして同じかな、と思ってきいてみただけ。
会話に参加できずに暇をもてあましていたかみつくが千代紙で鶴を折っておばちゃんに差し出した。
「すばらしい! これを私に?」
どうぞ、と言って、おばちゃんの掌の上にのせる。
「サンキュー・ベリィ・マッチ!」
といって嬉しそうに、でもちょっとこわごわと折り鶴を検分したおばちゃんは私にもそれがつくれるか、ときいてきたので、
「もちろん」
と答えて、揺れる列車の中で折り紙を始めた。
| Episode148 ラーゴスにて |
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まだ、明るいけれどあと少しで夕闇が落ちるよ、っていう時刻にラーゴスへ到着。ちっちゃな駅へ降り立って、駅舎なんか無視して線路をつっきり、おばちゃんのおねえさんと対面。車の屋根に手をかけて微笑んでいた彼女に
「ボア・タルデ(こんにちは)」
って挨拶したらびっくりしたように
「ボア・タルデ」って応えてくれた。
ヨーロッパの街の例に漏れず、ラーゴスの駅も街外れにあって、素敵な小型船が停泊している港やこじんまりした街の風景よりも、荷物を担いで宿を探し歩かずに車のシートにおさまっていられるありがたさの方が強く記憶に残っている。
バスターミナル(車庫)、土産物屋、郵便局、教会、はるかな海を見つめるエンリケ航海王子の像……。
わかるような、わからないようなおばちゃんの説明をききながら、中心地から離れていく事に不安を覚える。そんな私達の胸中など知る由もなく、おばちゃんは
「スクーターに乗れる?乗れるんならレンタバイクを借りて回ればいいよ」
なんてアドヴァイスをしてくれる。私は乗れるけど、かみつくは自転車にも乗れないんだよ。ま、ここでならノーヘルで二人乗りしても怒られないだろうけど。イタリアだとスクーターは無免許で乗れるけどポルトガルはどうなんだろう?私、国際免許証取ってこなかったしなァ。と、おばちゃんに
「国際免許証、いるの?」
ときいてみると、当然、って顔をされて
「いる」
という答えが返ってきちゃった。
なんとなく公団とか社宅とかいうものを思い起こさせられる集合住宅の一棟の前で車が止まった。
まず、建物全体の玄関の鍵を開け、壁についているスイッチを押して明かりをつける。一定時間たつと勝手に消えるヨーロッパによくあるタイプのやつ。階段をあがり、とあるスチールドアに2番目の鍵を差し込む。
ガッチャン。
中へ入ったとたん外観を見て感じた事が当たっていたのがはっきりした。目の前に廊下があって幾つも部屋がある事が一目瞭然だったから。これって、間借りだわ。日本でいうリゾートマンションみたいな所を想像していた私達はちょっとばかり拍子抜けした。
玄関すぐ右手が私達の部屋。確かに広い。色違いのカバーがかかった二つのベッド、サイドテーブル、洋服ダンス、化粧台などが割合ゆったりと配置されている。部屋の隣がバスルームで
「バーニョ(バスルームね)」
と呟いてまたびっくりされてしまった。後日入った喫茶店で
「カフェ・コン・レッテ・ポル・ファボール(カフェ・オ・レお願いします)」
と言っただけで
「オー! グッド・ポルチュギース!(ポルトガル語上手いね)」
と言われたぐらいだからたとえ片言でもポルトガル語を話す外国人が余程珍しいのかもしれない。
余談だけどスペイン語ではバーニョはバスタブ(普通は浴室全体、かな?)の事。シャワーがドーチャでトイレはセルビシオだ。ホット・シャワーはドーチャ・カリエンテで、安宿に泊まる時にはドーチャ・カリエンテが使えるかどうかちゃんと確認しておかないと別料金だったり、入る前にいちいちことわらないとボイラーのスイッチを入れてもらえなかったりする。
キッチンには女の子が一人いて、料理をしていた。アメリカ人だそうだ。おばちゃん、私の事をこの子は英語が上手いよ、なんて紹介してくれる。うわっ、やめてっ。私、恥ずかしくて、その子と話できなくなるよ。
冷蔵庫、ガスコンロ、お鍋に食器、洗剤、鍋つかみ、スポンジに布巾、なんでも揃っている。蛇口からお湯もでる。そして、キッチンには確かにテレビがあった。自由に見ていいと言う。ただし、白黒。ただし、アンテナを繋いでいないらしく、画像が悪い。
パスポートを預けて鍵をもらう。この時、このアパートがおばちゃんのじゃなくておねえさんのものだとわかった。きっと子供が独立して部屋が余ったんで旅行者に貸してるんだ。奥の方におねえさん夫婦の部屋や別のキッチン、バスルームがあるみたい。
少しでも明るさが残っているうちにと荷物もとかずに街へくりだす。今回食料持っていないからね。晩ごはん食べなきゃ。
車は街をぐるっと回ってきたので(後でわかった事だけど街っていうか、旧市街?の北側は塀で囲われてて、アーチ門へ続く道は車が通れないのね。新興住宅地は街の北側にひろがってる)まっすぐ南を目指して坂をくだったんだけど……。途中で道を間違えたらしくて東へ東へといっちゃって、南、つまり中心部へ通じる道にいきあたらない。陽はどんどん陰ってくるし、そのうち帰り道さえあやしくなってくる。人通りもないし。
それでも、なんとか街を囲む壁を通り抜けるアーチにたどり着けて、ほっと一息。太陽はすっかり沈んじゃってたんだけど、角をひとつ曲がったとたん……。
明るいこと、にぎやかなこと!
さして広くもない通りに所狭しとテーブルや椅子が並べられ、ゆらめくキャンドルライトからまばゆいスポットライトまで。
光、音楽、さんざめき!
観光客ばっかり。イギリス人がよく来る結構有名なリゾート地だったのね、ここ。そんな訳で英語の看板も目立つ。 『リアル・イングリッシュ・ティー』とか『ロースト・ビーフ』に混じって『KARAOKE』なんていうのもあった。イギリスでもブームらしいから。
で、ここまではいい。
「高いっ!」
「リゾート地は貧乏旅行者の敵だっ!」
そう。店の前に掲示されているメニューを検分していた私とかみつくは、ここの物価がいわゆる観光地価格である事を知った。
急にスペインが恋しくなる。600 から800 ペセタ(千円位まで)で飲物(ワインかビールかミネラルウォーター)付きで前菜、メイン、パン、時にはデザートまでついた定食が食べられる所が結構あったのに。
そうそう、定食っていえば、イタリアやスペインでは定食の事をメニューって言うの。だからレストランで
「メニューください」
って言うと、その日の定食がでてきちゃったりする。スペイン語でちゃんと言うと『メニュ・デル・ディーア』が日替わり定食。でも特に食べられない物がないならこれはお勧め。何が書いてあるのかよくわからない品書とにらめっこするより面倒がない。値段も手頃だし。
これは一体なんだろう?って期待と不安に胸をときめかせながら、不思議な響きの名前の料理がテーブルの上に並べられるのを待ってるのも楽しいけど。
レストランのかたまっている辺りを3周程してやっと千百エスクードで定食の食べられるお店を発見。この時は国境で両替しただけだったんで悪いレートで換算してたのと勘違いもあって、随分高いと思ってたけど、後でリスボン(ポルトガル語ではリシュボア)で両替して、計算し直したら千円程だった。でも、あれだけが特別安かったのよ、どのお店も水槽におっきな海老がうごめいてるような所ばかりだったもの。
| Episode152 ヘルシンキのバス |
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前に海外旅行好きの韓国人の女の子と話をしていたら
「ヨーロッパ人はアジア人に冷たい」と云っていた。でも私が
「そういうけど、フィンランドの人はみんな親切だったよ」というと
「フィンランド人は別よ!」と声を大にして云う。
風日が旅行していたときは幸いどこに行ってもたくさんの親切な人達と出会えたけれど、中でも特にフィンランドで親切にしてもらった思い出がたくさんある。
ヘルシンキに着いたその日、観光案内所でアカデミカホテルという宿を手配してもらい、バスに乗った風日はまっさきに運転手さんのところへ行ってアカデミカホテルの近くの停留所に着いたら教えて欲しいと頼んだ。お互い不自由な英語を使ってではあるけれど運転手さんは気持ちよく承知してくれる。
走り出したバスがいくつかの停留所で乗客を乗せたり降ろしたり。
と、運転手さんは信号でもバス停もない所でバスを停め、おいでおいでと私を手招きした。
その角をまがればアカデミカホテルだよと教えてくれる。そう、目的のホテルがちょうど停留所と停留所の間あたりにあって、その運転手さんは私の為にわざわざ停留所でない場所でバスを停めてくれたのだ。
バス停とバス停の間がひどく離れている田舎なら、他の土地でもそういう事があるかもしれない。でもひとつふたつ分のバス停の間を歩いたって大した距離ではない首都の話。
キートス!(ありがとう)
| Episode155〜157 グランドキャニオンハイク |
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ラスベガスから現地旅行社の主催する2泊3日のグランドキャニオンツアーに参加した。夕方グランドキャニオンに着いて翌々日の朝ラスベガスへ戻るコース。
朝7時起きでホテルが用意してくれたお弁当をもらって中味を検分。大きな紙のボックスの中にはリンゴに洋なし、ゆで卵、チーズとハムのサンドイッチ、ラップにくるんだ野菜の切れ端(サラダと呼ぶにはなんとなくお粗末だったの)、ストリングチーズ。塩こしょうにケチャップ、マヨネーズそしてさすがアメリカ、ポテトチップスにチョコレートバーまで入っていた。
プラスティックのナイフとフォークも。これでサンドイッチを食べろっていうの? リンゴやなしの皮をむくのは無理そうだし。
極めつけは生暖かい炭酸入りオレンジジュース。これを持って行くのはやばいだろうとその場でフタを開けたらモロ噴き出してしまった! 私は厨房から自室まで持っていっただけで振り回したりなんかしてないのに……
日本を出る前から体調を崩していたせいもあって、とてもそんなにたくさんは食べきれない、と朝食としてその場でゆで卵をなんとか胃におさめ、リンゴとサンドイッチだけを持って行くことにした。
キャニオンスクワイアインホテルからブライトエンジェルロッジというハイキングコースの出発点までは1時間に1本シャトルバスがでている。このバスの1日乗車券はツアー代金に含まれている。が、大馬鹿な事に待っている場所を間違えて朝一番のバスに乗りそこなってしまった。
ブライトエンジェルロッジに着いたのは10時頃。すでに太陽は高く昇って肌がジリジリする程暑くなっていた。
記念撮影もそこそこに歩き出す。谷の方へ降りていくとまだ日陰があって涼しい。なんとか日陰があるうちに距離をかせいでおかなきゃと景色を楽しむ余裕もなく一生懸命歩く。
15分程行くと『WARNING!』と書かれた立て札。
時間がもったいなくて読まずに通り過ぎようとしたけれど、やっぱり気になって斜め読みする。(当然英語で書いてあったので日本語のようにひと目で理解するって訳にいかないのよねー、悲しい事に)
要約すると『ここから先は食料と水なしで降りてはいけない。ラバが通る時には道をあけるように』と書いてあるらしい。グランドキャニオンのリムと呼ばれる崖の上(つまりハイキング出発点)は標高1500m以上の涼しい高山気候。コロラド川へ向かって降りるにしたがって暑い砂漠性気候へと変化する。この気候の違いを甘くみると痛い目にあう。グランドキャニオンを歩くときはお水は必携品なの。
参考までに書くと風日が行った9月の平均気温で最高24℃、最低8℃。でも底(砂漠)の方はもっと温度差が激しいと思う。
ああ、でも私もラバに乗りたかったなァ。ラバに乗るツアーはとても人気があって半年以上前から予約しないと参加できないんだって。
道には緑色のラバさんの糞がいっぱい転がっている。草の繊維がそのまま残ってるのね。ホヤホヤだと臭いけど、すぐに乾いて砂状になっちゃう。みんな平気できのうは糞だったらしい緑の砂の上を歩いていく。
二人並んで歩く事もできないような細い道をどんどんくだっていく。
下るにしたがって周囲から緑が消えていき、高く昇った太陽が容赦なく照りつける。時々追い抜いたり、すれ違ったりしていくハイカーの他に目に入るのは雲一つない空と裸の岩、岩、岩。
12時少し前、ブライトエンジェルロッジから7.4q、標高差945mのインディアンガーデンに到着。
ここには泉があってそこから流れ出る水の恵みを受けられる細長く狭い部分にだけ木々が茂り、涼しい木陰を提供してくれている。
ここが思案のしどころだ。
のぼりは下りの倍の時間がかかるといわれている。インディアンガーデンまで来るのに2時間。普通なら帰りに4時間必要だ。素直に引き返してもブライトエンジェルロッジに着くのは4時頃になる。グランドキャニオンにはタクシーはないから、何が何でも最終のシャトルバスに乗らなきゃならない。終バスは6時50分。
かなりオーバーペースで降りたので既にいい加減疲れてきてる。最初っから体調はぐちゃぐちゃだし。とか考えて勇気を持って引き返す、って事ができないんだな、私って。
インディアンガーデンからプラトーポイントまで約3q、標高差は35m。ほぼ平坦な道だ。ただあくまでも「ほぼ」であって「平ら」ではなくグニグニ曲がっているので見通しは利かない。泉の効力はすぐになくなって緑など影も形もなく、当然日陰もない。道は埃っぽくてとっても歩きにくかった。
12時半頃、プラトーポイント到着。
コロラド川だっ!
すぐ下にあるんだからロッジのある所からずっと見えていても良さそうなものだけど複雑な地形のせいでここまで来て崖っぷちから下をのぞき込まないと見られない。川面までは多分200メートル以上あると思う。
身を乗り出して写真を撮るのはちょっと怖かったけど、地面にはいつくばって頑張る。水は緑色がかっていて、距離があるせいで流れているように見えない。遠くの方に滝も見えたけれど、ファインダーに捉えられる角度に身を乗り出すのが怖くてシャッターを押すのは断念。
縁の一部にいかにも記念撮影用といった感じの背中を預けられる柵が作ってあったので、近くにいた人に写真を撮ってもらう。別に看板や記念碑があるわけでもない、無愛想な鉄の柵がなんで記念撮影用っていう感じかというと、簡単に下をくぐり抜けられる手摺りみたいなのがほんの数メートルあるだけだから。後ろを気にしないでポーズをとれるという以外転落防止の役には立たない。
まわりには土産物屋も自動販売機も日陰も何もない。ただインディアンガーデンからパイプでひいてきている水があったので顔を洗って喉を潤し、水筒につめる。
感動にひたったり休んだりしている暇はない。さすがにここより先に進むのは断念して日焼けどめクリームを塗り直して帰路につく。
さっき水を補給したし、インディアンガーデンにまた水があるのがわかっているので来る時はちびちびケチくさく飲んでいた水を帽子の上からふりかけながら歩く。こうすると気化熱が奪われてちょっと涼しい。
3マイルレストと呼ばれる所で休憩。ロッジから3マイル地点にある東屋で、ベンチと水道がある。やっぱり土産物屋・トイレ・自販機・ゴミ箱の類はない。降りてくる時は無視した場所だけど、気分悪くて持ってきたお弁当も食べられなかったからもうヘロヘロで休み休みでないと登れない。朝からゆで卵1個食べただけだもんなァ。
同じように休憩している人が何人か。野生のリスがその人達の持っている食べ物をめあてに東屋の中をウロウロしてる。
「かわいいね?」
っ てリスを見ながら話しかけてきた金髪のおねえちゃんが、東屋の天井を指差してボート型の金属製のカゴがぶらさげてあるのを教えてくれた。ここには公衆電話はないけれど緊急用の電話があって、どうしても自力で帰れなくなった人はその電話を使ってレンジャーに連絡し、そのカゴに乗ってヘリコプターでつりさげられて帰る事になるそうだ。もちろん費用はすべて本人持ち。よくはわからないけどかなり高額だと云っていた。
だから決して無理をして先に先にと進んで行っちゃいけないんだと。
マイル・アンド・ア・ハーフ・レスト(ロッジから1.5マイル地点)を過ぎた頃ビッグホーンシープを見た。
この辺りまでくるとかなり涼しくなってそんなに豊かじゃないけど緑もある。崖にへばりつくようにしてはえている木の葉を食べている様子をカメラにおさめる。
シープがいる、と指差して教えてくれたおじさんの説明によるとそのシープは雌。雄は角がグルッと巻いているそうだ。
しかし、あがってくると涼しくなるのはうれしいんだけど、空気が薄くなる。ちょっと歩くと息があがって海抜1000メートルを超えているんだと実感。5分と歩かないうちに休憩をとるようになる。でもねェ、私と同じペースの人も結構いたんだよ。
5時半頃ブライトエンジェルロッジに到着。なんとかホテルへ帰るバスに間に合いました。よかったよかった。
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