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旅先の出来事6

Episode160   イタリアの井戸端会議

 ギリシアのパトラス港から1泊の船旅を終えた風日とかみつくは、イタリアのブリンディシ港へ降り立った。
 夏の観光シーズンには船着き場のすぐ傍にある引き込み線の駅まで客車が走るらしいけれど、4月あたまのその時は少し離れた鉄道駅まで歩かなきゃならなかった。
 でも、駅ってどっち?
 だいたいの方角の見当はついたのでそれらしい方向へ歩き出したけれど、ちょっと不安。と、2人のおじさんが立ち話をしているのを見つけた。
 ラッキー、道訊いてみよ。
 ところが声をかけたとたん、「駅」というイタリア語をど忘れしてしまった。
 どーしよっ?
 ひょっとして通じるかもしれないと思って「ステーション」と云ってみる。どうやら通じなかったらしい。あきらめてすみませんと云ってそのまま立ち去ろうとしたら、話しかけたおじさんの一人が私達に「待て待て」という身振りをして、大声で周りにいた人達を呼び集めた。
 その数7〜8人。そして緊急井戸端会議が始まってしまった。どうやら
「この子達はどこへ行きたがっているんだろう? 誰かステーションって知ってるか?」という相談をしているらしい。
 うわー、えらい事になってしまった。多分最初に進んでいた方向で間違っていないだろうから、このまま進みたいんだけどなー、と思いながら立ちつくす。
 と、ほどなく会議のメンバーの一人が
「スタツィオーネ?」と呟いた。
 それだっ!
 とても小さな声だったのだけど、カクテルパーティ効果の一種だったんだろうか? 一瞬でそれが求めていた答えだとわかった私は気が付くと
「シ、シ、(そうそう)スタツィオーネ!」と叫んでいた。
 何本もの手がいっせいに一方向を示してあげられる。元々進んでいた方向だったがこれで自信を持って行ける。
「グラッチェ!(ありがとう)」
 と頭をさげて親切な人達に別れをつげた。

Episode167   百聞は一見にしかず

 イタリアのシエナという街で学生がよく利用しているリーズナブルな食堂に入った。
 その日は私の誕生日でもあったのでいつもよりちょっと贅沢をしよう、とコース料理を注文。と、いっても一人2000円くらいのだけど。
 気のよさそうな初老のおじさん(シェフ兼店のオーナー)がテーブルにやってきて、メインは肉か魚か? パスタのソースはどうする? ワインは赤か白か? というような事を訊いてくれる。
 最初は私とかみつくのなけなしのイタリア語の知識でなんとかうまくいってた。
 でも、付け合わせを決める時になって立ちはだかった言葉の壁。おじさんが並べ立ててくれた付け合わせの名前が理解できない。
 私はあんまりおじさんを手間取らせるのも悪いと思って唯一聞き覚えのあった単語、バターテにとびついた。
 その時は単語そのものに聞き覚えがあっただけで、それがなんだったか思い出せなかったんだけど、深く考える前に口が「バターテ」って云っちゃってたのよね。後から考えたら「まあ名前を知ってるくらいだからきっと食べた事があるものに違いない、という事はあまり変なものがでてくる心配だけはない」という判断だったんだろう。
 だけど食べる事に情熱を持っているかみつくは違った。
 何種類かある付け合わせの正体を知るべく、おじさんを質問ぜめにしている。でもねー、ゆっくりしゃべってもらっても、何回も繰り返してもらっても、わからないものはわからないのよねー。
 突然、おじさんがかみつくの手首をむんずとつかむと彼女を引っ張って厨房へ入っていった。
 あーっ、この手があったか!
 しばらくして厨房から出てきたかみつくは満足そう。彼女が選んだのは濃い緑色をした豆の煮物。そして私の付け合わせ、バターテの正体はフライドポテトだった。ステーキの横に添えられたてんこ盛りのフライドポテト。
 うへェー!
 別にわざわざ注文しなくったってあっちこっちで付け合わせに山盛りになってでてきて食傷してたのに。ステーキだけで充分ボリュームあり過ぎるのに。油が〜……ううう……。
 かみつくの豆があっさりしてておいしそう。
 ああ、私も彼女を見習うんだった。だって、おじさんが厨房に入れてくれるなんて思ってなかったんだもん。

Episode171   イライラ列車の旅

 1991年5月14日フランス国鉄スト。
 ホントはイタリア→フランス→スペインの順に進んでいく予定だったけど、イタリアの物価が予想より高かったのでサンマリノグランプリが終わってすぐ一旦スペインに滞在、モナコグランプリを観る為にマントンというフランスの街に予約してあった宿に泊まって、GP終了後またスペインに舞い戻ろうとした日のこと。(F1ファンのかみつくがいっしょにヨーロッパ旅行をすると決めた時にだした条件がサンマリノ4/28とモナコ5/12のF1GPを観戦する事だったの)
 バルセロナ行きの国際列車の予約を入れていたので払い戻しを受けた。
 ストっていっても全然列車が走ってない訳じゃなかったので19:30発のローカル列車に乗ってとりあえずスペイン方向へ。だってねー、バルセロナからマドリッドまでの指定席とマドリッドからグラナダまでのクシェット(簡易寝台)の予約がしてあったんだもん。フランス国鉄がストライキしたからってレンフェ(スペイン国鉄)が予約した切符を払い戻してくれるとは思えないし。
 乗り込んだ列車は超満員。ホントならクシェットでのんびりしていられたはずなのに……と思いながら、しんどい姿勢で乗っていた。
 のろのろ運転で翌15日2:30、終点ニュイボーンに到着。
 次の列車がこないんで、情報がないままプラットホームの冷たいコンクリートの上に座ってひたすら待つ。
 4:50。なんと、その日は走らないと云われて予約を取り消した列車が構内に滑り込んできた!
 なんなんだー! と思いつつそれに乗る。当然これも超満員。
 ポートボー着。本来ならその列車はそのままバルセロナまで行くはずだったんだけど、ここでスペイン国鉄の列車に乗り換えなきゃならなかった。
 そのうえフィゲラスを過ぎたあたりで1時間くらい列車が止まっちゃう。レンフェもストやってたんだー。ひえーっ!
 お昼過ぎやっとバルセロナに着いた。
 ホントだったら朝着いていて、もうひと観光するつもりだったのにそんな元気なし。
 駅で出会った一人旅の兄ちゃんにタルヘタ(地下鉄の回数券。その日使おうと、前回滞在時に使い残していたもの)をあげちゃって、駅構内で食事をすませる。
 15:00。予約していた列車がちゃんと発車……したんだけど凄いノロノロ運転。おまけにサラゴサの手前の荒野の真ん中で1時間の信号待ち。
 23:15発のシェラネバダ号のクシェットを予約してるのにーっ! 間に合わなかったらどうしてくれるんだ?
 イライライライラ……
 21:45チャマルティン(マドリッドの駅)着の予定が23:17。
 でも、ちゃんと向かいのホームにシェラネバダ号が止まってました。よかったー。
 やっと、やっと横になれる。でも検札の時に指定券といっしょにユーレイルパス(ヨーロッパ17ヶ国の国鉄乗り放題の定期券)を持って行かれてしまった。ちゃんと返して貰えるんだろうなー。不安。
 降車30分前。ユーレイルパスを返してもらった。ホッ。
 5月16日8:00。無事にグラナダ着。
 ホントだったらマントンからクシェットで横になってスペイン入りして、バルセロナで観光して、乗り換えにゆったり時間持ってのんびりゆっくり……の旅だったはずなのに……。
 スペインでもイタリアでもそれ程長くない滞在の間に結構ストがあった。
 ヨーロッパをぶらぶら旅して回るなら、複数の列車を乗り継ぐような予約は入れない方がいい。そうすればストがあったら、あ、そう、と入って予定を変更してその街に余分にとどまるか、簡単にいける別の街に行くか、とにかく不安と心配で真っ青になりながら駅や列車の中でイライラしていなくていいから。

Episode174   最恐の飛行機

 裏で「じっと立ってるバカ」と呼ばれている旅行社の主催するインドツアーでオーランガバードからジャイプールへ移動しようとしていた時の事。
 飛行機の予約がとれなかったのでキャンセル待ちをする、とガイドに云われて朝早くに叩き起こされ、朝食もそこそこに空港へ行った。
滑走路がまともに舗装されていないようなひなびた空港であくびをかみ殺しながら堅いベンチに座って待つ。
 しかし……ギリギリまで待って乗るつもりの飛行機に乗れなかったらどうするんだ?列車で移動するとは云っているけど、また駅まで移動して、多分メチャクチャ遅れるだろう列車に乗っていくとなると、今日中にジャイプールに着けるかどうかすらあやしい。
 これがパックツアーと云えるのか?
 が、なんとか人数分のキャンセルがでたようで一行は無事飛行機に乗れる事になった。
 エックス線装置すらなく、手荷物検査はすべて手作業。こういう時に限って荷物の詰め方がグチャグチャ。だって開けて中を見られるなんて思ってなかったし、眠かったんだもん。
 やっと乗り込んだ飛行機は40人乗りくらい(だったと思う)の小型機。スチュワーデスさんはサリー姿。信じられないくらい痩せている。
 しかし、リクライニングもできない堅い椅子は我慢できるとしても、ドアがちゃんと閉まらなくて紐で結んで離陸したのには驚いた。
 しかも、足下の床に隙間があって下が見えるのだ!
 一体作られてから何年たっているんだろ、この飛行機? いきなり空中分解したりしないだろーなー?なんて考えが頭をよぎる。
 まあ今こうして話していられるのは無事に着陸できたからなんだけど、ありがたい事にあそこまで凄い飛行機に乗ったのはこの1回きりだった。

Episode175   特急列車を止めた女

 高校の後輩が北海道の大学に在籍していた時、下宿に遊びに行って、ついでに後輩がたててくれたスケジュールにもとづいて二人で富良野や層雲峡に遊びに行った。
 前夜層雲峡のユースホステルに泊まり、途中までロープウェイを使って標高1984mの黒岳に登る。
 下山後、レンタサイクルを使って層雲峡観光。前の日にもらっていた割引券の事をすっかり忘れていて正規料金を自転車を借りてしまった、アホ。
 それからバスに乗って上川駅へ。
 が、元々そのバスは我々が乗る予定の列車の発車までそれ程余裕がない時刻に着く予定だったうえに、少し遅れた。
 駅に到着したのはホントーのホントにギリギリの時刻。バスから飛び降りた私達は駅構内にダッシュ!
 が、周遊券を持っていた私はよかったのだが、後輩は学割を使って切符を買うつもりだった。つまり自動販売機すら使えず、緑の窓口へいかなければいけない、という事だ。
 改札口でイライラしながら待つ風日。
 駅員さんが今ホームにいる特急に乗るつもりならすぐにいかないと出てしまうと声をかけてくれた。
「友達が今切符買ってるんです!」
 泣きそうになりながら叫ぶ。
 と、その駅員さん、やおら構内アナウンス用のマイクをつかむと
「特急○○。今女の子が二人乗るから、ちょっと待ってやって」(正確にどう云ったかは覚えてないけど)
 と駅中のスピーカーが放送を流す。
 結局、列車は無事私と後輩を乗せ、定刻より約5分遅れて出発した。
 それはとてもうれしかったのだけど、列車に乗る時、みんなの視線が私達二人にむけられているようでとても居心地が悪かった。
 ご迷惑をおかけした皆様、申し訳ありませんでした。

Episode181   素敵なランプの宿

 1986年の夏。風日は北海道の白老しらおいでユースホステルに泊まりました。
 そこってユースとしてはちょっと変わってて、なんだか風日向きだなァと思ったのでちょっとご紹介。ただし大昔の事なので今は事情が違うかも? ですが。
 まず、お風呂。
 普通は男女別の浴場に別れて適当にはいるのですが、白老ユースのお隣に鉱石を使った温泉風家族風呂があって、グループごとに順番にそこへいれてもらいます。風日はその時いっしょに旅していた後輩(もちろん女)と二人ではいったけど、カップルではいってもOK! ひとり旅で他の人といっしょにはいりたくなければひろいお風呂を一人で占領する事だってできちゃう。
 それから、なんといってもランプタイム!
 夕飯後、食堂の蛍光灯を消して灯油ランプをつけるんです。ゆらゆら揺らめく炎が光と影をおどらせてファンタスティック。
 で、用意されているお茶を飲みながら、同宿者達と時間無制限で語り合う。他のユースにはみんな消灯時刻なるものがあったんですが、そこでは一晩中しゃべっててもいいんですよ。ほとんどみんな知らない同志なんだけどいつもと違う雰囲気に話も弾むし。
 でも、たいていの人は真夜中くらいまでに寝ちゃうみたいですけど。
 もちろん参加するしないは自由。規則は翌朝早く起きなきゃいけない人が迷惑しないように小声で話す、という事だけ。
 そして極めつけ、消灯時刻がないという事は起床時刻もない。
 例えば別所温泉のユースでは早朝から大音量の全館放送でたたき起こされたりしたのだけど(いや、それはそれでなかなか味があるんですけどね、ユースのオリジナルソングがかかったりして)、白老ではたとえ夕方まで寝ていてもユースの人が起こしにくる事はありません。(何時までに出ないと、もう一泊分料金をとられるっていうチェックアウトタイムもないんです)
 でもねェ、物事にはいい面と悪い面があって、みんなが寝ている人に気を遣って静かに行動するし、昼過ぎまで寝ていてもちゃんとその時に朝ご飯をだしてくれるんだけど、この『寝ている人を起こさない配慮』というのが徹底していて、目覚まし時計の使用が禁止されてるの。
お風呂と違って寝室は他のユース同様個室じゃなくって大部屋だから、同室者が目覚まし時計を使うと当然目が覚める、って訳。
 これは旅程の都合で早起きしなきゃいけない人間にはつらい。どうしても起きなきゃいけない場合はペアレントかヘルパーさんに頼んで特別にそっと起こしてもらうしかないです。
 でも旅の途中、のんびり一休みしたい時には最適な宿でした。

注:ユースホステルでは管理者をペアレント、従業員をヘルパーと呼びます。だから到着した時も「ただいま」っていうんですよ。そしたら「おかえりなさい」って云ってくれるし。ちなみに出発する時は「いってらっしゃい」って云ってくれます。

Episode186   ノリノリ、シーワールドショー

 フロリダのシーワールドでイルカショーを観た。
 イルカがジャンプして宙返りしたり、鼻先でボールを打ち返したり、やってる事は日本と変わらないけれど、なんてったって観客のノリが違った。アメリカ人って大人でも(っていうか白髪頭のご老人でも)とっても陽気に遊ぶんだよねー。
 例えば……
 イルカ調教師が「おいで、おいで!」と観客を前の方へ呼び寄せる。ひょっとしてイルカにさわらせてもらえたりするのかな? なんて考えた私も行こうかと思ったんだけど、なんとなく立ちそびれているうちに大きなオルカ(シャチ)がやってきてお腹で水をプールの縁へ押しやり、大波が観客席前列あたりまでザッバーン!
 当然前に出ていった人達はずぶ濡れ。調教師が
「さっき水をかぶっちゃった人ー?」
 って訊くと歓声がそれに応え、
「気持ちよかったー?」
 という問いにそれ以上の歓声で肯定の答え。そこで調教師がボソッと
「きっとみんな頭がどうかしてるに違いない」
 とつぶやいて大爆笑!
 日本だとイルカショーを観に行っても前の方の席は水がかかるから(無理にかけようとしなくてもある程度しぶきが飛んでくるから)、あまり座らない方がいいという注意があったり、水よけのビニールシートが用意されていたりして、観客に水をぶっかけるなんて考えられない。まァ、気候が違うからっていうのも大きいとは思うけど。フロリダって年中カラッとしてて暖かいから濡れた服だってすぐ乾いちゃう。
 それから、シーワールドにはイルカの餌付けプールがあった。スタンドでイワシを買って、イルカにあげるの。手から直接食べてくれるから(ギザギザの歯がいっぱい並んでてちょっと怖いけど)ついでにちょっとさわってみたりして。

Episode195   ビン・ブン・バン

 〈ビン・ブン・バン〉。聞いた事があるようなないような響きの言葉だ。イタリアの(だいたい幼稚園児くらいの)子供向けテレビ番組のタイトルだと云ったら内容のご想像がつくだろうか?
 そう、そのご想像通り歌のお兄さんやお姉さんがでてきたり、ユーモラスな歌にのせてオリジナルの体操をしたり、とやっている事は〈ピンポンパン〉と同じようなもの。
 でも中でひとつ「イタリアやなー」というコーナーがあった。その名も「スパゲッタータ」。
 スタジオに用意されるのは巨大な皿の上にのったスパゲッティ――本物ではなくてビニールだかなんだかで作られた偽スパゲッティだけど。そしてその巨大皿の四隅にセットされた特大フォーク。これは特殊な台座の上に固定されていて、その場でクルクル回るようになっている。
 そこへ4チームの幼稚園児達がお兄さんの陽気なおしゃべりで紹介されながら登場。チーム名はそれぞれのフォークの上にのっかっているオブジェにちなんで〈トマト〉〈ミートボール〉など。
 競技開始の合図と共に特大フォークをまわして偽スパゲッティを巻き取り始める子供達。そう、このゲームは時間内にもっとも多くスパゲッティを巻き取ったチームの勝ちな訳。なーんかあんまりにもイタリア的過ぎて笑えるでしょ?

Episode196   ピカソ美術館メモ

 バルセロナでピカソ美術館に行った後書いたメモ。元々人様にお見せする為に書いたものではないので、文章的にしっちゃかめっちゃかなんだけど、あんまりにも大袈裟に書いてあるので我ながら笑えるかも? なんて思ったりして……
『……やっぱすごいわ。デッサンがしっかりしてて、光と影を一瞬で感覚的に捉えられるんだ。で、キャンバスにむかった時には計算され尽くしててサッサッサッって描いていく。何枚か習作してから描いてたみたいだけどね、大きい油絵は。
 それでも小品とか水絵、コンテ、木炭、ペン画なんかはいかにも落書き風なタッチなんだけどうまい!! 
 本の裏表紙とかそこらの紙の切れっ端なんかにチョコチョコって描いたのも含めて。パステル画もすごかったし。もう溜め息。修復中でみられない絵があったのが残念。
 カリカチュアライズされたやつだってねー、細部はきっちりしてるんだよー。グチャグチャのよーで色の使い方きれいだしね。今まで入った美術館の中で一番のあたり。
 ピカソの絵には空間があって、時間もあるように思えた。一瞬っていう時間。ゆれる木漏れ日、とか。
 あそこまでうまいとやっぱり見た通り描くのはつまんないんだろうね。自分の印象をパッパッと画面に描き出す能力ってホントにすごい……』

Episode197   言葉の覚え方

 イタリアから列車でスペインへ入国したその日。
 お昼ご飯を食べようとカフェのカウンターへ。人好きのする顔の兄ちゃんが「ご注文は?」って訊いてくる。いや、スペイン語なんてあいさつくらいしかわかんないんだけど、さすがにそう云われたんだろうなくらいの察しはつく。
 そんとき疲れててちょっとボーッとしててねー、なーんも考えないでそれまでいたイタリアの言葉で「カフェコンレッテ」って云ったら「カフェコンレッチェ?」って訊き返された。
なるほどー、スペイン語ではカフェオレの事を《カフェコンレッチェ》っていうのねー。と、いう訳でこれが風日がスペインに行って新たに覚えた最初のスペイン語。
 かみつくと別行動をとったある日。
 夕方宿へ帰ってきたかみつくがうれしそうに報告してくれた。
「きょうマクド(ナルド)に行って注文したら『コン パタータフリートス?』って訊かれたー。やっぱり『ポテトもごいっしょにいかがですか?』はどこに行ってもおんなじなんだねー」
 そっかー、フライドポテトはスペイン語でパタータフリートスか。ちなみにアップルパイはパステル・デ・マンサンナだったはず。
 イタリアにいた時には珍しくテレビのある部屋に泊まった。で、夜のニュースとか見ていると、みんな最初に「ボナセーラ」と云う。これは《こんばんは》に違いない、とこれも珍しく晩ご飯を食べに行った時に、お店に入るなり
「ボナセーラ」
と云ってみる。しっかり
「ボナセーラ」
 とお返事していただきました。ちょっとうれしかったり。

Episode199   ゲルニカ

 プラド美術館の入館券には別館の入館料も含まれている。
 別館は本館から少し歩いた所にある小さな建物でマシンガンを抱えた軍人さんがものものしく警備していた。チケットをチェックするのも軍人さん。そして手荷物を調べられ、金属探知器でボディーチェックを受けて入館。
 中には分厚い防弾ガラスの向こうに鎮座したゲルニカがあった。
 テロの攻撃目標にされる絵。
 この一枚の絵にお目にかかる為に経なければならなかった儀式と相まって、見つめているうちにひどく哀しくなった。

Episode210    思いがけないプレゼント

 サンフランシスコ空港でボーッと座っていた時。向かいの椅子に座っていたおばさんが突然近づいてきて、1冊のペイパーバックを私の手に押しつけた。
「私はもう読んじゃったから」と云いながら。
 くだらない事ばかり書いてあるけど、それなりに面白いよ、暇つぶしにどうぞという言葉にとりあえずお礼を云って読み始めた。ホントはもの凄く疲れていて、英語の解読(私にとっては暗号のようなものなのよー)に取り組みたい気分じゃなかったんだけどね。まあ、連れもいないし、いかにもする事がなくて退屈しているように見えたんだろーなー。
 冷蔵庫がいつも決まった時刻にCフラットでハミングする(Cフラットかどうかはわかんないけど、古い冷蔵庫は確かによく唸ってた)とかいうような、日常をちょっと角度を変えて表現するっていう類のエッセイ。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらもニヤッとしたら、おばちゃん私の反応を観察していたらしい。
「笑ったね」
 と云ってにっこり微笑むと、彼女はいつも読み終わった本をまわりの人にあげるんだという話をしてくれた。私の例でもわかるように知り合いに限らず、読み終わった瞬間手近にいる人に。そして私が読み終わったらまた誰かにあげてね、とも云い添えられた。そういう風にしていろんな善意がぐるぐると人と人の間をまわっていくって考えると楽しくなるの、と。
 こういう人を人生の達人っていうのかなー。少しふわっとした気分になった。

Episode248     開ーけーてーっ!

 ジェノバからシエナへ移動中の話。
 いつもは二人いっしょに行動していた風日とかみつくだけど、その時タバコが吸いたい気分だったかみつくは喫煙席に、タバコ嫌いの風日は禁煙席にわかれて座っていた。
 エンポリでシエナ行きに乗り換えることになっていたから、エンポリ駅か、次の列車の車内か、でなくてもシエナ駅で落ち合えるさ、なんて気楽に考えてたんだけどね……
 途中、トイレに入ったかみつくは用を足し終えてからとんでもない事に気づいた。
 内側からトイレのドアを開け閉めする為のレバーが、なくなっている!
 つまり、ドアが壊れていたのに気づかずに閉めちゃってたんだよね。
 閉める時は全然不自由しなかったんだけど、閉まると同時にロックしてしまって(なくなっていた)レバーを押し下げないと開けられないようになっていた。
 もちろんかみつくは、あれこれやってみるけど、ドアは閉まったまま。
 列車はどんどん進んで乗り換え駅が近づいている。こんな時、いつものように隣に席をとっていればあまりに遅いと風日が探しに行ったかもしれないけれど、禁煙席に座ってた風日はかみつくがトイレに行った事すら知らなかったもんねー。
「エンポリで出られなかったら、フィレンツェまで連れて行かれる〜!」
 その日の宿も決めずにウロウロしていたから、一度はぐれたら風日とかみつくが合流できる見込みっていったら、ゼロに近かったと思う。シエナに行く事にはなってたから、とりあえず風日がシエナ駅で待ち続けていればそのうち会えたとは思うけど、かみつくがどこで引き返せるかわからないし、そうなるとその日のうちにシエナに着けるかどうか……。
 かみつくあせる、あせる!
「開けてー! 開けてー!」
 とトイレの中で叫びまくった。と、バンッという音といっしょにドアが開く。かみつくの叫び声を聞いた通りがかりの兄ちゃんがドアを蹴り開けてくれたらしい。
 思わぬところで怖い思いをしたかみつくでした。

Episode253     いたずら心?

 夏の朝。ノルウェイの田舎道を一人で歩いていた風日は前方から自転車で走ってきた初老のおじさんから
「おはようごぜえますだ」
 と、声をかけられた。そのおじさん、そのまま通り過ぎていっちゃったんで、あっけにとられた風日はなんとか会釈できただけであいさつを返す事ができなかった。
 誰か、受けを狙って変な日本語を教えた日本人がいると思うんだよねー。知り合いに「外人に『もうかりまっか?』『ぼちぼちでんな』を正式のあいさつとして教えた」って言ってたのもいるし。
 本人はしゃれのつもりなんだろうけど、風日はそういうのはあんまり感心しないなー。だって自分が変な外国語教えられるのいやだもん。

Episode262     トイレ

 なんといっても一番ショックだったのはインドのトイレ。
 色々噂には聞いていたけどパックツアーでメジャーな観光地にしかいかないから、それ程ひどくはないんじゃないかと思っていたんだけど……あったのよねー、一カ所、あきらめてホテルまで我慢するか、いっその事人目もはばからずに道の脇でやった方がマシと思えたような所が。
 トイレだと教えられたドアを開けると、4畳くらいの何もない土間。
 そう、設備としては何もない。壁と天井と土の床と明かりとりのちっちゃい窓があるだけ。
 ただし、床には足の踏み場もない程の汚物。  おっきいのがいくつもいくつもいくつも……小山になってたのよー。ハエは飛び交ってるし、ウジはのたくってるし、わずかばかり見える土はちっちゃい方で湿ってるし。
 なんとか隙間(というか、しゃがんでもお尻に汚物をくっつけなくてすむ程度の低さの山)を見つけて靴に汚物をくっつけないようにつま先立ちで進んで用を足しましたが……。
 ビンボー旅行好きの私でも出来れば二度と使いたくないトイレでした。

 得した事。
 トランジットで降り立ったドバイ(アラブ首長国連邦)の空港――。団体さんがバスでついたばかりとかそういうのがあったのか、女性用トイレに長蛇の列。
 うへェ〜と思いつつ並んだら、白人さんが私の肩をつついてとあるドアを指さす。 「あなたなら使えるんじゃない?」
 なんのこっちゃ、と思いつつ列を抜けて前へ進み、そのドアの中を覗いてみると椅子風に座るんじゃなくて、しゃがんでまたぐ式の便器が。  日本のとはちょっと形が違ったけどいわゆる和式トイレ。
 成る程、西洋人はこのトイレに抵抗があるのねー、だからみんなここが開いていても洋式便器に並ぶ訳だ。
 私なんかどこの誰ともわからない人のお尻がのっかってた便器に腰掛けるより和式の方が余程いいっていって、両方ある公衆トイレならいっぱい人が並んでて順番で洋式が当たっちゃった時以外は必ず和式を選ぶんだけど。
 でもまあ、とにかくドバイではおかげで多分15分くらいは早くすっきりできたのでした。





このページのイラストはすべてHACTIONの霜月楓さんから頂きました

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