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おかしなやつら 1

Episode1   子は親の鏡

 ある日のこと、Kちゃんの娘はおもちゃとして与えられた古い預金通帳で遊んでいた。
 まじめくさった顔つきで正座したKちゃんの娘は左手で通帳を開き、右手を頬にあててじっと残高欄を見つめていたかと思うと、
「はぁーっ……」
 とひとつ大きな溜め息をついてこう云った。
「どうしょう? 真っ赤っかやわ……」
 ああ、Kちゃんが家計簿をつけながら溜め息をついている光景が目に浮かぶ……

Episode2  リビングの悲鳴

「うわ――っ!」
 夕飯後の、のんびりしたひと時。キッチンで洗い物してた憬の耳に突然、旦那の悲鳴が飛び込んできた!  びっくりした憬がリビングにすっとんでったら、旦那が壁にへばりついてる。それも、ギュウッと目ェつぶって、歯ァくいしばって……
「どうしたんっ?!」
って訊いた憬に旦那は
「痛い……」
ゆうだけで壁にすがりついたまんま。
 なんか急性で命にかかわるような病気ちゃうやろか? とか、救急車呼ばな……とか、悪いもん食べさせてしもたやろか? とか、一瞬のうちに憬の頭ン中グルグル駆け回る思考。
 しゃあけど、なんか変なんよね、旦那の痛がり方が。
 普通やったら、痛いとこ押さえるとか、床転がりまわるとかちゃうん? と思いながら
「どこが痛いん……?」
 って訊いてみる。そしたら旦那の口から漏れた言葉は
「テレビ……」
「へ……?」
 何かの聞き間違いやろ、ともういっぺん訊き直した憬に旦那は目ェつぶったままテレビを指差して
「テレビが……痛い……」
「テレビぃ……?!」
 云われてテレビを見てみると、画面には葉っぱ付きの枝が体にぶっささった男の映像が……
 そう、『世界まる見え……』を観てた旦那は、事故の映像のあまりの痛ましさに自分の体に痛みを覚えた……って。
「なんや、人騒がせな……」
 ホンマに人騒がせな旦那や。たとえ1〜2分の事とはいえ、胃がキュウッとなるくらい心配させられた憬、お気の毒様でした。

Episode5   神さん

 アニメ科に、みんなからかみさんと呼ばれている男子がいた。小学校に神山かみやまという子がいて、やはり神さんと呼ばれていたから、彼もそんなような名前なのだろうと思っていたら、名字も名前も《神》とはまったく関係ない事がわかった。では何故《神さん》なのか?  偶然、同じ班で1本のフィルムを作る事になったのがきっかけで彼と親しく話すようになった私が知ったその理由とは……
 入学したての頃、彼は周りのみんなに云ったそうだ。
「みんな俺の事を アニメの神様と呼ぶように」と。
 親しい者相手の冗談ならともかく、面識のない人間相手によくそんな事が云えたものだ。それを真に受けて彼を《神さん》と呼ぶようになった周りの人間も凄いが……
 もちろん、その話を聞いた時、既に《神さん》という呼称に馴染んでいた私はいまだに彼を《神さん》と呼んでいる。

Episode8    かけだしアニメーターの生活レポート

 専門学校を卒業して約一ヶ月、神さんから一本のカセットテープが届いた。
 才能がない、とアニメーションの仕事に就く事を断念した私は、彼に東京での生活をレポートして欲しいと頼んでいたのだ。第一段はハガキで 「初出社から2日間、8時間休みなし昼食抜きで動画の練習をした」と書いてあった。
 テープをかけてみる。
「えー、まずはお宅のスピーカーが正しく繋がれているかどうかという事で、音が右から左へ流れます。キィィ――ン」
 うん、確かにステレオで録音されている。彼はラジカセの前でどれぐらい顔を動かしたんだろう? 挨拶と、字を書くのは面倒なのでテープにしたという前置きの後、紅茶をいれると云う。ガサガサという音と共に聞こえた科白は
「リプトン、ティーバッグ。(ズズッと紅茶をすする音)ああ……リッチですねェ。ええ生活してるわ、ホンマに」
「どこがやねん?」
 思わず突っ込みをいれてしまう。
 先日が給料日できっちり一ヶ月働いて動画415枚描いてx120円で49,800円を受け取ったという。少ないと思われるかもしれないが、これは新米としては大した数字だ。普通動画を始めたばかりだと月200枚も描けないものらしい。
 アニメスタジオの中にはちゃんと基本給をくれる所もあるのだが、彼が入った会社は基本給、健康保険、厚生年金、退職金、失業保険いっさいなし。交通費も貰えないという。
 そして親元にいたときはみそ汁さえ作った事がなかったという彼の自炊失敗談。
 食費を節約する為に昼食を抜いていた彼には外食したり、コンビニ弁当を買ったりするゆとりはなく、空きっ腹を抱えて台所に立つのだが、凝った料理など作れる訳もなく、大抵はただ材料をフライパンに放り込み、炒めるだけ。肉などは切ると量が減って損をしたような気になるのでスーパーで買った時のまま。
 それで一体何をどうやって失敗するのかというと、ちゃんと火が通るまで待ちきれず、口にしてみると生焼けの事が多いというのだ。それでも炒め直すのが面倒なので、この間も血のしたたる鶏肉を食べた、と。
 鶏の皮が安かったので1パック買って、他の具は何も加えずにフライパン一杯炒めて醤油をかけて食べていたら半分ぐらい食べたところであまりの脂っこさに気分が悪くなって頭抱え込んで寝てしまった。
 たまには栄養のあるものを食べなアカン思て、ウナギを買った。
 白焼きの方が安いので一匹買ってきてフライパンであっためて食べようとしたら、どんぶりの上で三重くらいに重なってる。それも蓋もしないフライパンで温めたものだから皮は焦げても中まで温まらず、身と皮の間に固まった脂があって非常にマズかった。
 ピーマンが安かったので2袋買ってきて一度に炒め、やはり特売していた食パンといっしょに食べたら翌日お腹を壊した。
 『毎日のおかず1100種』なんていう本を買ってみたものの、牛肉や高級魚を使うもの、タイムだナツメグだなんだのと彼が聞いた事もないような調味料を使うもの、調理の難しそうなものを外していくとほとんど作れるものがない。
 結局、大阪にいた時は「人間が食うもんじゃない」とまで云っていた納豆も、安い、手間なし、栄養豊富という利点に負けて食べ始めたとの事。
 そんな風に貧乏な彼だったが、ちょっと無駄遣いをしてしまったらしい。
 100円のガチャガチャ――最近はガチャポンというが昔、少なくとも関西ではこう呼んでいた――に欲しいものがあったという。ゴジラと大魔人のプラモデル。
 で、100円入れて回すとガメラが出た。しゃあないな、ともう一回やるとゴジラが出た。
「やった! 後は大魔人や」
 と100円入れるとまたゴジラが出た。ちくしょう! と更に入れると再度ゴジラが出た。そしてガメラ。も一個ゴジラ。
 米代含めた2日分の食費にあたる金額をつっこんでやめた。後悔していると云いながら
「でも、どーしても大魔人が欲しかってんけどなあ。よう出来とんねん。怒ってる顔と、普通の顔と付け替えられて」
 と未練たらたら。そして、
「と、云う訳でここにゴジラがおります。これもなかなか、よう出来とうよ。頭も動くし、尻尾も動くし、手ェも動くし、足も動くし……それだけなんやけど……」だそうな。

Episode9   カエルの子はカエル

 のこからメールがきた。
 のこというのは二児の母になっても「サンジさんLove!」とか「三蔵様ステキ!」とか云って、グッズを買い集めているようなオタッキーな奴だ。
 まあ、私もグッズを買わないだけであんまり人のことが云えないアニメお宅かもしれないけど。
 で、くだんのメール
『こないだ○○(のこの息子)の宿題みてたらね  [面という字を使って文章を作りなさい] の答えが  [面堂のうちにはタコがいる]  [選という字を使って文章を作りなさい] の答えが  [相性のいいポケモンを選ぶ」 になってた  困った奴です』
 困った奴はアンタでしょう?
 サンジさん人形欲しさにガチャポンにありったけの100円玉つっこんで、目当てのがでなかったからって近くで五千円全部100円に両替してもらって、ガチャガチャやりまくって、通りすがりの子供にはうらやましがられるし、お母さん達には引かれてしまったっていってたじゃんよ。
 おかげで下の女の子も行きつけの本屋で勝手に『最遊記』のイラスト集を予約しちゃったとか。小学生にしてお宅道まっしぐら。  どーして私の周りにはこんなのしかいないんだ! って、類は友を呼ぶ?
 わかる人にしかわからない内容でごめんなさい。

Episode12   HP

 うちの旦那がホームページを公開した時、私の友人達にも宣伝メールを送った。うち数人には『旦那のHP』というタイトルで送っていたのだが、返信をくれたある友人のメールに
「タイトル見て、風日の旦那さんはいつからポケモンになったんや? と思た」とあった。
 なんのこっちゃ? と思っていると横から覗いた旦那がひとこと。
「ヒットポイントと読んだか」
 なーるほど。だけど、これでアンタが息子のゲームボーイで遊んでるってのがよくわかったわ。

Episode15   眠り姫

 ガラと二人でマンションを借りて住んでいた頃、のこが泊まりにくる事になった。
 土曜の夜。うちとは結構遠い所にある会社からの帰りに来ると云っていたし、ここのところずっと残業続きと云ってもいたので、遅くなるだろうとは思っていたが、23時を過ぎても連絡がない。さすがに不安になり始める。
 午前零時を少し回った頃、やっと到着。挨拶もそこそこにとにかくまず腹ごしらえだー、と食べ物を抱え込み、ガブガブとお茶を飲んだ後……
 コテンと横になったのこはあっという間に寝入ってしまった。
「うそやろー? 来てから20分ぐらいしかたってへんでー。アンタ食べてただけで話しもしてへんのにー……」と思ったが、
「よっぽど疲れてたんやなー。まあ、ええわ。話は明日でもできるし」と彼女に布団をかけ、私も寝る事にした。
 翌朝――
 私が朝食を食べ終え、洗濯をし、掃除機……は遠慮したが、やるべき事をやり終えてものこは起きなかった。
「ほっといたらいつまででも寝てそうやな」
 と思ったので、朝食用に作ったスープをマグカップにいれ、のこを揺り起こす。
「そろそろ、お腹すかへんー? スープ作ったよー」
 と寝ぼけ眼ののこにカップを押しつけると、黙ってコクコクと飲み干し、 「おいしい」  と一言いうとカップを私の手に返して、またポテッと寝てしまった。……おい!
 出かける訳にもいかず、ただひたすら起きてくれるのを待つ私の横で、のこは幸せそうに眠り続ける。
 眠り姫さんー、起きてよー。王子様じゃないからキスして起こす訳にはいかないのよー。
 昼ご飯を食べ終え、おやつ時を過ぎても、のこは目覚めず、空が赤く染まり始めた頃、私はまたのこの肩に手をかけ、 「ええ加減に起きてー!」
 と揺さぶった。
「うーん……今、何時?」
「6時前」
「もうそんな時間?! ……明日仕事あるし、そろそろ帰るわ」
 起きあがって、身支度を整えたのこは
「風日んとこって落ち着くわー」
 という科白を残して、そそくさと帰っていった。
 学生時代、土曜の夜に床について目覚めると
「はよしぃやー、遅刻するでー」とおかあさんの声。
「何ゆうとん? 今日日曜日やで」と返すと
「アンタこそ、何ゆうとん、今日は月曜やで」  と云われ、30時間以上ぶっとおしで寝ていた事に気づいた、という伝説の持ち主が相手じゃ、仕方なかったのかなぁ?

Episode16    みやびの預金通帳

 とある日曜日。
 旦那と布団の中でゴロゴロしながらテレビを見ていると、隣で寝返りをうった旦那の手がリモコンにあたり、チャンネルが変わった。360度回転してテレビの方に向き直った旦那が
「アレ?」
 と云ったところをみると自分でチャンネルを変えてしまった事にまったく気づいていないらしい。時たま、猫がリモコンを踏んでチャンネルが変わる事もあるので
「イッパイアッテナ?」と訊いてくる。
「イッパイアッテナはあっち」と、足下にいる彼を指差すと、
「あなたが変えたの?」ときた。
「あなたの手が当たったんでしょう」と云うと
「ええー? みやびちゃうん?」
「みやび隣の部屋におるよ」
「隣からリモコンで変えたんや」
「リモコンここにあるのにどうやって使うんよ?」
「だから、もう一個あるんですよ」
  何云ってるんだか。そんなんあるわけないやんか。そこまで、自分で変えてしまった事を認めたくないか?
「しゃーから、みやびがもう一個隠してるんやって。俺見たもん」
 だ・か・らぁ……隠すって云ったって初めっから存在してない物隠しようがないでしょうが?  みやびが自分で専用のリモコンを買ったのだと云う。
「どうやって?」
「……通販で」
 おい……。黙ってしまった私に旦那はさらに追い打ちをかける。
「ホンマやて。俺こないだみやびが電話かけてるとこ見たもん。『リモコン一個にゃん』って注文しとったんやって」
「そんで、支払いはどうするんよ。みやびが勝手に注文しとったって、請求書くるから私にないしょにはできへんねんで」 「それは、みやびが自分のお金で払ったんやって。……ホンマや、あいつちゃんと自分の預金通帳持ってるんや。お腹にチャックがついてて、そこになおしてるんや」
 それはテレビの上に置いてあるぬいぐるみでしょうが……
 普段から自分がこたつの中に脱ぎ捨てた靴下を、みやびが洗濯かごからくわえてきたとかいうような事ばっかり云ってるけど、ここまで云うか?  なんでも猫のせいにして。
 けど、ホンマにみやびが自分のお金持ってて、首輪とか、オモチャとか、気に入ったんを勝手にこうてくれたらエエんやけどなぁ。

Episode24   男の勇姿?

 ペッパーミルを回そうとして「アレ?!」と云った。
 なぜか回ってくれなかったのだ。旦那が聞きつけて「どうしたん?」と訊かれたので、回してもらった。ちょっと引っかかりはしたけど、ガリガリ音をたてて回り始める。
「なんか、すごく固い粒があったのかなぁ?」 と云うと、旦那が一瞬ニヤッと笑ってこんな事を云いだした。
「落語に『宿がえ』って話があって……」
 急に何を云い出すんだろうと思って聞いていると……
 ある長屋に引っ越してきたばかりの間抜けな亭主がいて、嫁さんの留守中にほうきを掛ける為の釘を打っておくように頼まれた。亭主は釘を打ちながら、
「あの嫁さん、日頃は俺の事を役立たずやなんやの云うけど、やっぱり女やな。釘1本よう打たん。いざという時は俺に頼りよる」
 なんてぶつぶつ独り言を云い
「見よ! この男の勇姿!」
 と金槌を振る……
「で、あなたはペッパーミルを回して、『見よ!この男の勇姿』と思ったワケね」
 と茶々をいれると 「いや、そういう訳やないけど、ちょっと頭に浮かんだもんやから……」
「なんで、それが浮かんだかっていうと『嫁さん非力でこんなもんもよう回さへん。やっぱり男の俺がおらなあかんねんな』と思ったからやろ?」 「うーん、そう云われてしまえば、そうなんやけど……」
 まったく、せめてタンスぐらい動かしてそう思って欲しい。ペッパーミルを回しながら「見よ! この男の勇姿!」なんて、釘打ち以上に笑えるじゃない。頼りにしてますよ、旦那様。
 落語の方では馬鹿亭主は気合い入れ過ぎて、釘を最後まで打ち込んでしまい、ほうきをかける事ができなくなっただけでなく、長屋の薄い壁だからお隣へ突き抜けているかもしれないと、帰ってきた嫁さんに隣へ謝りにいけと、使いにだされるのだが、隣ではなく、お向かいに行ってしまう……という風に話が続いていくらしい。

Episode26    真夜中の悲鳴

 憬は旦那がトイレにたつ気配で目を覚ました。 「私も行こ」と、寝室を出た旦那の後を追うように起きあがり、トイレの前に。水を流す音が響き、眼前のドアが開く。
うわあぁっっ!」
 耳に飛び込んできたのは旦那の叫び声。ドアを開けたとたん、便器にぶつかるほど飛びすさって、口をパクパクさせている。
「あー、ビックリした」
 と云う旦那に
「ビックリしたんはこっちの方や」と返す憬。だが、旦那は
「部屋で寝ていると思っていた人間がトイレの前に立ってたら、ビックリするやんか」と云う。 そんな飛び上がる程の事か? と思いつつ、 「トイレに行きたくても俺が部屋に戻るまで待ってくれ」という、旦那の言をいれる事にした。
 数日後――
 やはり旦那のすぐ後にトイレに行きたくなって、ホントはトイレの前で待ちたいのを我慢して布団の上に座って待っていた憬はまたしても旦那の悲鳴を聞く羽目になった。
「今度はなんやねん?」
「寝てると思ってた人間が起きてたらビックリする」とのこと。
 ええ加減にしてくれ。
 この旦那、とにかく怖がりで、自分が予想していなかった事態が起きると過剰に反応してしまう。  彼をよく知っている人間は町中で彼を見かけても声をかけるかどうか悩むのだ。下手に肩など叩こうものなら、大声をあげて、1メートルぐらい飛び上がりかねないから。
 そんな訳で、憬は夜中に旦那がトイレにたち、目が覚めたついでにトイレに行きたくなっても、じっと布団の中で待ち、旦那が戻ってきて布団に潜り込んでから、モゾモゾと動き出し、「起きるよ」という予備動作をしてから布団を抜け出す、という面倒くさい事を続けている。

   
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